第四十一話:王子の私室と、支配の始まり
ルナが目覚めたのは、王宮の私室にある天蓋付きの寝台の上だった。窓の外は明るく、既に朝を迎えていたようだが、窓には分厚いベルベットのカーテンが閉め切られ、外の光景は一切見えなかった。
ルナは起き上がろうとしたが、全身が重い鉛のように感じた。昨日までの自由な研究と、アレスの絶対的な支配との落差が、ルナの精神を深く疲弊させていた。
「おはよう、僕の愛しい王妃」
アレスの声が、寝台の傍らから聞こえた。彼は、普段の学院の制服ではなく、白を基調とした上質な寝間着のような服を着て、優雅な姿勢で椅子に座っていた。彼の瞳は、ルナを独占した満足感に満ちていた。
「アレス、私はいつまでここにいなければならないのですか」ルナは、力の限り冷静さを保って尋ねた。
「永遠にだ」アレスは即座に、迷いのない声で答えた。「君が僕の愛を完全に理解し、君の心に僕以外の存在の余地が一切なくなるときまで。そして、それは永遠に続くだろう」
ルナは強く反発した。
「それは愛ではありません。監禁です。私は、王妃教育を受ける義務があります。学院の授業はどうなるのですか」
アレスは冷笑した。
「学院は、僕の目を盗むための隠れ蓑でしかなかった。君に必要な教育は、僕がこの部屋で全て施す。王国の歴史、政治、貴族社会の裏側。そして、最も重要な僕の愛し方をね」
アレスは立ち上がり、寝室の隣にある豪華な応接室を示した。そこには、王宮の書庫から運ばれてきたらしい膨大な書籍と、魔導具設計のための大きな製図台が用意されていた。
「君の魔導の才能も、ここで完全に開花させる。僕の監視の下で、君は僕だけの最高の研究者となるのだ」
ルナは、アレスの緻密さに恐怖を覚えた。彼はルナの全てを把握し、彼女の自由を奪うだけでなく、ルナの才能や欲求すらも利用して、この監禁生活をルナにとって「逃れられないもの」にしようとしていた。
「クリス様は、どうなりましたか」ルナは、排除された友人のことを尋ねずにはいられなかった。
アレスの顔から笑みが消えた。
「その男の名前を、僕の前で二度と口にするな」アレスの声は氷のように冷たかった。「彼は、僕の王妃に不純な意図を持って近づいた。彼の罪は、領地追放という形で決着がついた。彼はもう、君の人生には関係ない塵だ」
アレスはルナの顎を掴み、強く引き寄せた。
「ルナ。君が僕に隠し事をし、僕ではない男と秘密を共有したことは、僕にとって耐え難い苦痛だった。この部屋で、君は僕への忠誠を、何度も何度も証明しなければならない」
アレスはルナの顔から手を離し、寝台の横にある小さな卓上に置かれた、精巧な銀のブレスレットを指差した。
「これは、僕が君のために設計させた魔導具だ。君の魔力と心拍数を計測し、僕の通信機にリアルタイムで送信する。君が僕に隠し事をしたり、嘘をつこうとしたりすると、魔力の波長に微細な乱れが生じる。その乱れを感知次第、僕がすぐにこの部屋へ戻る」
それは、アレスの物理的な不在時にも、ルナの精神を完全に支配するための、恐ろしい道具だった。
「これは、僕たちの愛の証だ。つけてくれ、ルナ」アレスは、ブレスレットをルナの腕に嵌めようとした。
ルナは反射的に腕を引いた。
「嫌です。それは私を信じていない証拠です」
「信じているさ。だが、君の才能はあまりにも美しい。その美しさが、再び君を僕から遠ざけようとする。これは、君の才能を守るための愛の制御具だ」
アレスはルナの抵抗を無視し、冷たい銀のブレスレットをルナの左手首に強引に嵌めた。カチリ、とロックされる音が、ルナの自由が完全に奪われたことを告げた。
ルナは、この豪華で閉鎖的な空間が、彼女の新しい「世界」となったことを悟った。彼女の推し活の結末は、甘い溺愛ではなく、冷酷な王子による、息の詰まるような独占愛の監禁生活だった。




