第四話:王子の身元発覚と冷酷な誓い
私が9歳、アレスが12歳になったある冬の日。二人の暮らす街に、大きな事件が起きた。それは、街の北側にある古い共同魔力炉の暴走だった。魔力炉は、このままでは一帯が魔力爆発を起こす危険があった。私の家族と近隣住民がパニックになる中、私は家族と避難しようとしたが、その時、アレスが私の手を放し、一人、暴走する魔力炉へと向かい始めた。
「アレス!?危ない!」「大丈夫だ、ルナ。少し待っていてくれ」アレスの背中は、普段とは違う、絶対的な自信と冷たい力に満ちていた。彼は魔力炉の前で立ち止まると、ゆっくりと手をかざした。そして、無詠唱で、王族だけが扱うことを許されたはずの高度な「魔力収束」の魔法を発動させた。その瞬間、暴走していた膨大な魔力が、アレスの細い体に吸い込まれるように収束していく。数秒後、魔力炉は完全に停止した。アレスは振り返り、私に向かって微笑んだが、規格外の魔力行使で顔は驚くほど青白い。「…さあ、もう大丈夫だ」私の家族と住民は、目の前で起きた「奇跡」が日常を遥かに超えたものであることを理解し、この「奇跡」はすぐに王都へと報告された。
翌朝、静かな庶民の家に、王都の近衛騎士団が大挙して押し寄せた。騎士団長はアレスをまじまじと見つめ、驚きと興奮に声を震わせた。「間違いない…!その魔力の波動、そして何よりもその御尊顔!殿下、これは奇跡です!」騎士団長が跪いて叫んだ「殿下」という言葉に、私と家族は、そしてアレス自身も、凍りついた。騎士団長の報告によると、アレスが倒れていた時期は、「拉致され行方不明とされていた第一王子」が姿を消した時期と完全に一致していた。彼の美貌、規格外の魔力、そして無意識に使う王族特有の魔法が、全てを裏付けていたのだ。アレスこそが、この国の第一王子、レオナルド・アレス・ヴィア・アストレアだった。
アレスは静かに目を閉じ、失われていたはずの記憶が、濁流のように流れ込んでくるのを感じた。王族の厳しい視線に晒され、私の家族は憔悴しきっていた。アレスは私の手を強く握りしめた。「ルナ…」「アレス、貴族だったんだね。王子様だったなんて…」私は寂しそうに微笑んだが、すぐに持ち前のポジティブさで顔を上げた。「でも、よかった!アレスが倒れてた理由がわかって、お城に帰れるんだね!きっと、お父様やお母様も心配してるよ!」私の言葉は純粋な優しさから来ていたが、アレスの心に激しい痛みを与えた。私が、別れを受け入れようとしていると感じたからだ。
騎士団に連れられ、アレスは私の家を離れることになった。別れの際、アレスは私の両親に深々と頭を下げた。「この一年、本当にありがとうございました。皆様の恩は、一生忘れません」そして、彼は私に向き直った。彼の瞳は、もはや憂いを帯びた少年のものではなく、王族としての冷たい決意に満ちていた。「ルナ」「何、アレス?元気でね」私が涙ぐみながら笑うと、アレスは私の両肩を掴み、他の誰にも聞こえない声で、冷酷な誓いを囁いた。
「僕は、この国の第一王子だ。そして、君を手に入れるための全てを持つ者になる。僕を邪魔する者、君を僕から引き離そうとする者は、誰であろうと排除する。王族も、貴族も、この国の法律さえも、全て僕の力で書き換える」「アレス…?」「待っていてくれ、ルナ。君が隣で笑顔でいられる、穢れのない玉座を、必ず君に捧げる」
アレスは、私の額に強くキスを落とし、騎士団と共に馬車に乗った。馬車が見えなくなるまで手を振る私の目には、アレスの完璧な横顔と、その言葉の狂気的なほどの執着だけが焼き付いていた。(王子様か…。そして、ヤンデレは治るどころか、権力と天才の力を得て、冷酷無双の怪物になった…!)私は、二度目の人生の波乱の始まりを予感しながら、その冷徹な誓いを思い出し、なぜか胸が高鳴るのを止められなかった。顔が良いから、仕方がない。




