第二十三話:冷酷な推しと、ルナの仲介
青年がルナに話しかけ、アレスの視界を遮るように立った瞬間、会場の空気は一瞬でさらに凍りついた。周囲の貴族たちは、アレスの静かな怒りを察し、息を殺して成り行きを見守っている。
アレスの顔からは一切の表情が消え、その瞳は挑戦者を射抜いていた。ルナは、隣にいるアレスの体温が急速に低下していくのを感じた。
(まずいわ。アレスの独占欲が限界突破している。ここでこの方をアレスの怒りに晒したら、私の外交努力全てが水泡に帰す!)
ルナはすぐにアレスの前に一歩出て、笑顔を作って青年に向き直った。アレスのルールでは、男子生徒との私的な交流は禁止だが、アレスが同席している今、ルナが会話を完全に避ける必要はない。
「ありがとうございます。その技術に興味を持っていただけて光栄です」ルナは穏やかに、しかし毅然とした声で言った。
そして、ルナはすぐにアレスを会話に引き込んだ。
「殿下、この方は私の魔導技術に興味をお持ちのようです。殿下にご覧いただいている通り、これは私の学習に関する話題です。殿下の指導の一環として、この方から魔導に関する意見を伺ってもよろしいでしょうか?」
ルナは、青年に話を振る前に、アレスの権限を完全に承認する形で許可を求めた。ルナの行動は、青年に向き合っていながら、その本質はアレスへの絶対的な服従を示していた。
アレスの視線は依然として冷たかったが、ルナの機転と、彼女の行動が「自分の承認を求めている」という事実を評価した。
「ふん」アレスは鼻を鳴らし、ようやく口を開いた。「構わない。ただし、僕に聞こえる範囲で話すこと。ルナ、この若造に君の技術の基礎を教えてやる必要はない」
アレスの許可は、ルナを守るための壁が崩れていないことを示すものだった。
青年は、アレスの氷のような威圧感に耐えながらも、ルナへの好奇心の方が勝ったようだ。彼は優雅に一礼し、自ら名乗った。
「失礼いたしました。私は、侯爵家の嫡男、レオンハルト・ド・ヴィドールと申します。ルナ様、あなたの魔力制御は、属性に依存しない純粋な操作の極致に見えます。それは、王立魔導学院の現行の指導法では教えられないものです」
(侯爵家の嫡男!しかもレオンハルト。この世界でマリアよりも上位の家柄ね。そして、魔導への情熱は本物だわ)
ルナは、外交の大きな成果を得たことに内心で歓喜した。このレオンハルトという青年は、アレスの恐怖に屈しない強い精神力と、高い魔導技術を持つ貴族だ。彼との繋がりは、将来の王妃にとって計り替えのない資産となる。
「レオンハルト侯爵様。私はルナと申します」ルナは微笑んだ。「おっしゃる通り、これは属性に縛られない魔力操作です。王家が独占する属性魔法とは異なり、個人の魔力の総量と精度のみに依存します」
ルナとレオンハルトは、アレスの冷たい視線の下で、魔導の技術的な議論を交わし始めた。レオンハルトはルナの知識に深く感銘を受け、質問は尽きなかった。
アレスは、二人の会話の全てを聞いていた。彼はレオンハルトに対して容赦のない敵意を抱いていたが、ルナの知識の豊富さ、そして彼女が自分の定めた制限を逆手に取って社交を成立させている手腕を観察していた。
(この程度の雑魚を排除するのは容易だ。だが、ルナの外交の努力を評価しなければ、彼女は僕から離れていくかもしれない。彼女は僕の王妃になるために努力している…それを認めよう)
アレスは、レオンハルトの質問の一つ一つに、ルナの代わりに冷淡な解説を加え、会話の主導権を完全に掌握したまま、ルナの技術指導者としての役割を果たし続けた。
結果として、レオンハルトはルナと直接的な親密な会話を持つことは許されなかったが、ルナの卓越した才能と、アレス殿下からの異例の寵愛を目の当たりにし、深く印象づけられた。
「ルナ様、そして殿下。本日は貴重な知識をありがとうございました」レオンハルトは深く礼をした。「私の邸宅で研究会を主宰しています。もしよろしければ…」
「それ以上は不要だ、侯爵」アレスはレオンハルトの言葉を冷酷に遮った。「ルナの指導時間は、全て僕が管理している。僕の許可なく、私的な接触を試みることは許さない」
レオンハルトは、アレスの容赦ない支配に、苦笑いを浮かべながらも、引き下がるしかなかった。彼はルナに一瞬、理解を求めるような視線を送ると、会場を後にした。
ルナはアレスを見上げた。
「殿下、これでよろしかったでしょうか」
「上出来だ、ルナ」アレスはルナの髪を一房取り、指で弄んだ。「君は、僕の檻の中で、最も効率的な方法で僕の望みを叶えようとしている。君の献身は評価する」
そしてアレスは、ルナを軽く抱き寄せ、冷たい声で付け加えた。
「しかし、君に熱い視線を送ったあの侯爵を、僕は一生忘れない。君は僕のものだ。それは、どんな侯爵だろうと変えられない真実だ」




