第二十一話:王都への遠出と、推しとの二人旅
アレスの同席という、最も強力な条件付きで、ルナは非公式茶会への参加許可を得た。
週末の朝。ルナは寮を出ると、そこで待機していた豪華な馬車に乗り込んだ。隣には、護衛兼教師という名目で、既にアレスが座っている。彼は騎士の正装ではなく、深い紺色の、上質な素材の礼服を纏っており、その美しさは馬車の中の空間さえも圧倒していた。
「君は、茶会に参加できる喜びと、僕が同席することへの不満が、半々といったところだね」アレスはルナの頬に触れ、楽しそうに言った。彼の指先は冷たかったが、その瞳は熱を帯びていた。
「不満なんてありません、アレス。あなたは私の推しです。最高の護衛兼家庭教師がついてくださるなんて、他の誰にも許されない特権だと思っています」
ルナは正直に答えた。彼の同席は外交上は大きな障害だが、推しとのプライベートな時間が増えることは、ルナにとっては何よりも嬉しい報酬だった。
「その言葉を信じるよ」アレスは満足そうに微笑んだ。
馬車は学園の厳重なゲートを抜け、王都の中心部へ入った。王都は、学園がある郊外の街とは比べ物にならないほど賑やかで、行き交う人々の服装も華やかだった。ルナは窓の外を見つめ、貴族社会のエネルギーを感じ取ろうとした。
「茶会では、君は僕の隣を離れないこと」アレスは釘を刺した。 「君に話しかけてくる男子生徒がいたら、全て僕が応対する。君は、彼らの会話を聞き、王妃としての教養と、貴族社会の人間関係を学ぶことに集中しなさい」
「承知いたしました。私はあなたのお飾りの一つとして、振る舞います」
「お飾りではない」アレスはルナの顎を持ち上げ、強い視線で射抜いた。「君は、僕がこの国で最も価値があると考えている、僕の未来の王妃だ。その立ち振る舞いに、卑屈さは不要だ」
その言葉に、ルナの心臓が震えた。彼の独占的な言葉は、いつだってルナの推しへの愛を増幅させる。
馬車は、巨大な門を持つフローラ公爵邸へ到着した。馬車を降りると、アレスの存在は周囲の貴族たちを一瞬で静まり返らせた。公爵邸の離宮は、華やかな装飾が施され、既に多くの貴族の若者たちで賑わっていた。
会場入口で、マリアが不安そうに私たちを待っていた。
「ルナ様!殿下!まさか本当に殿下がご同席されるとは!これは身に余る光栄です」マリアは緊張しつつも、ルナの手を握った。
「マリア様、お誘いありがとうございます。殿下が私の指導の一環として、この場を『実地研修』の場として利用することにされたのです」ルナはアレスをチラリと見て、うまく説明した。
アレスはマリアを冷たい視線で一瞥した。マリアは一瞬で体を硬直させた。
「ルベル伯爵令嬢。ルナは僕の指導下にある。君の交友関係の中で、ルナに不利益なことがあれば、僕は容赦しない」
「は、はい、殿下。心得ております」マリアの顔から血の気が引いた。
アレスの明確な警告により、マリアは恐怖におののきながらも、ルナへの接触がアレス公認になったことに、安堵の表情を見せた。
アレスはルナを連れて会場の中心へ進むと、全ての視線が二人に集中した。ルナは、推しの隣という特等席で、初めて貴族社会の社交場に足を踏み入れた。その場にいる全ての人間が、アレスの冷酷なオーラにひれ伏しているのがわかった。
(さて、アレスの監視下で、どうやって王妃になるための外交をするか。私の腕の見せ所ね)




