第二十話:茶会の誘惑と、王子の取引
ルナは緊張しながら、マリアに尋ねた。昼食の食堂は貴族生徒たちのざわめきに満ちているが、マリアの声はルナにしか届かないように抑えられている。
「その茶会は、王都のどこで開かれるのですか?また、どのような方が集まるのでしょう」
「ありがとうございます、ルナ様。場所は王都でも最も格式高い『フローラ公爵邸』の離宮です。公爵家が裏で主催しているため、非常に権威があります。集まるのは、王立魔導学院の上級生や、各騎士団に入団を控えた若手の魔導士です。目的は主に魔導の技術交換と、将来のコネクション作りが目的です」
マリアは少し身を乗り出した。その目は真剣だった。
「実は、私も参加資格を得るのがやっとで、不安なのです。ルナ様の卓越した魔力制御の技術があれば、皆があなたに注目します。私たちと一緒に参加してくださるだけで、私自身の箔にもなりますし、ルナ様も多くの実力者と交流できる」
(マリア様は、私を純粋な実力者として評価し、利用しようとしている。そして、その『若手魔導士』には、当然、貴族の男子生徒が多数含まれる)
ルナの頭の中で、アレスが昨日下した厳命がリフレインした。「貴族の子息、特に男子生徒との私的な交流は、僕が同席しない限り、一切禁止だ」
茶会に参加すれば、そのルールを破る可能性は極めて高い。しかし、これが学園内での小さな交流ではなく、貴族社会に正式に足を踏み入れる絶好の機会であることも事実だ。このチャンスを逃せば、マリアとの友好も潰えかねない。ルナにとって、これは単なる社交ではなく、王妃となるための重要な『公務』だった。
「興味深いお話です、マリア様。ぜひご一緒したい」ルナは決意を固めて言った。「しかし、私は少々特殊な立場です。参加するには、私個人の判断では決められない事情があります」ルナは言葉を選んだ。
「特殊な立場、というのは…」マリアは察し、一瞬表情を曇らせた。彼女も、アレスの支配力を理解しているのだろう。
「ええ。皆様がご存知の通りです。アレス殿下からの指導を受ける立場にありますので、私的な外出は厳しく制限されています。殿下の『許可』が必要です。無許可で参加すれば、私だけでなく、あなたにもご迷惑をおかけすることになりかねません」
ルナはあえてアレスの名前を出し、自らが彼の支配下にあることを再確認させた。これは、マリアを巻き込むリスクを避け、同時に、この行動が「アレスの望む王妃になるための行為」だとマリアに強く印象付けるためだった。
「やはり、そうでしたか…」マリアは期待と諦めが混じった表情で肩を落とした。
「諦めないでください、マリア様」ルナは立ち上がり、マリアの目を見て言った。「私は、この交流が私にとって必要不可欠だと殿下に伝えてみます。結果が出次第、必ずあなたにご報告します」
昼食後、ルナはすぐに離宮の応接室へと繋がる特別指導室の扉を叩いた。側近に事情を告げ、アレスへの謁見を求めた。ルナの外交努力の進展は、アレスにとって最優先事項だ。
応接室に通され、ルナが茶会の件を伝えると、アレスは椅子に深く腰掛けたまま、笑みを深くした。その銀色の瞳には、ルナの行動を全て見通しているような、冷たい輝きがあった。
「非公式茶会、か。優秀な魔導士の子息が集まる場所だね。君はやはり、僕のルールを破る機会を探している」アレスの声には、わずかに危険な響きが混じっていた。
「違います、アレス」ルナは真っ直ぐにアレスを見つめた。「私は、あなたの**許可を得て、**あなたの定めるルールの中で外交を広げたい。茶会に参加すれば、私が王妃にふさわしい資質と、貴族たちの尊敬を得られる機会が増えます。これは、あなたが私に望む、王妃になるための重要なステップです」
アレスは数秒間、その冷たい銀色の瞳でルナを観察した。ルナの真剣さ、そして彼女の全ての行動が「彼のため」という一貫した献身に基づいていることを、彼は理解した。彼女の論理は、彼自身の目的と一致している。
そして、彼は一つだけ、譲れない条件を提示した。その顔は、ルナの献身に満足した支配者の表情だった。
「わかった。君の覚悟を買おう。茶会の参加を許可する」アレスの声は一転して甘くなった。「ただし、君がそこで男子生徒と話すときは、常に僕もその場にいるものとする。僕が、君の『護衛兼教師』という名目で、茶会に同席する」
ルナは驚きに目を見開いた。アレスの同席は、男子生徒との会話を事実上不可能にするが、茶会への参加という最大の目的は達成できる。そして何より、推しと週末を過ごせるという最高の特典がついてくるのだ。
「…承知いたしました、アレス。私の外交を、あなたに見届けていただきます」ルナは、推しの独占欲を飲み込む覚悟を決め、深々と頭を下げた。




