第二話:美貌の天才と独占欲の芽
アレスが私の家族になってから、一年が経過した。私は6歳に、アレスは9歳になっていた。この一年で、アレスは私たち家族、特に私に対して、強い愛着を示すようになっていた。彼は常に私のそばを離れず、私を見る彼の銀色の瞳には、温かい光と、時折、私だけのものだと言いたげな、熱い執着が宿っているのを感じた。彼は私の笑顔のためなら、どんな努力も惜しまない。その献身的な姿は、私にとっては何よりも嬉しかった。
しかし、彼の規格外の才能は、庶民の日常とは明らかにかけ離れていた。ある日、私が近所の図書館で借りてきた分厚い魔術理論の基礎のテキストをアレスに見せた。それは、この町では大人でも読み解くのに苦労するほどの代物だったが、アレスは黙ってテキストを受け取ると、驚異的な速度でページをめくり始めた。その目は、知識そのものを丸ごと吸収しているかのようだった。数分後、アレスはテキストを閉じ、私に返した。「内容は理解した。この理論は興味深い。だが、この部分の魔力回路の記述は、極めて非効率的だ」彼はそう言って、私が持っていた紙に、元の理論の倍以上の魔力効率を生み出す、新たな魔力回路の図を、迷いなく書き記した。
「アレス…あなた、本当に何者なの?」私は震えた。9歳の少年が、数分で国家レベルの理論をアップグレードしてしまったのだ。私は恐怖を感じつつも、「この天才的な横顔が、最高に美しい!」という顔面信仰の力で、その異質さをねじ伏せた。アレスは、私が驚くたびに優しく微笑んだが、その瞳の奥には、「この力は、ルナを守るためだけに使う」という冷たい誓いが秘められているように感じられた。
アレスの私への愛情は、次第に純粋な家族愛から狂気的な執着へと変貌し始めていた。ある日の午後、私が近所の少年たちと家の外で鬼ごっこをして遊んでいた時だった。私より二歳年上の少年が、笑いながら私の手首を掴んだ。「ルナ!捕まえた!」私も明るく笑い返した。その光景を、家の窓からアレスが見つめていた。彼の銀色の瞳から、一瞬で温かい光が消えるのを私は感じた。
アレスは、憎悪と独占欲を込めた強力な魔力を発動させた。無詠唱で私に触れている少年の心に直接作用したのだろう。少年は、突然顔色を真っ青に変え、私の手を放した。「うっ…ご、ごめん!なんか、急に気分が悪い!もう帰る!」少年は恐怖に怯えたように走り去り、他の子どもたちも、なぜか私から距離を取り、そそくさと解散していった。
私はポカンと立ち尽くし、家の中へ戻ると、アレスが何事もなかったかのように本を読んでいた。私が駆け寄ると、彼は私を抱きしめ、極めて安堵した表情を浮かべた。「お帰り、ルナ。随分と帰りが遅かったね」私が「みんな急に帰っちゃったんだ。なんか変だよね?」と首を傾げると、アレスは私の髪を撫でながら、甘く、そして冷たい言葉を囁いた。「別に変ではないさ。ルナは、僕がいれば十分だ。他の人間は、君の時間を奪うだけの、無用な存在だ」
アレスの言葉は、極端な独占欲に満ちていた。私は、その行動の不自然さに気が付かないほど鈍感ではなかった。(やっぱりアレス、私にだけ異常に執着してる。他の友達と遊ぶのを、心底嫌がってる…ヤンデレってやつだ!)私は前世の知識で、アレスの行動を分析した。それは、一見すると異常で、警戒すべきサインのはずだった。しかし、アレスが不安そうに私を見つめ、「僕を一人にしないでくれ」と、涙を湛えた国宝級の美貌で懇願してきた瞬間、私の理性のガードは、無残にも崩壊した。(なんだこの破壊力は!?ヤンデレ行動と、この顔面S級のコンビネーションは、私の魂を直接打ち抜いてくる!)私は、アレスのヤンデレ行動への恐怖や嫌悪感を、「この完璧な推しからの、最高級の愛の証明」だと認識をすり替えた。「大丈夫だよ、アレス!私はどこにも行かないよ!アレスは私の家族だもん!」私が満面の笑顔でそう断言すると、アレスは心から満足したように微笑んだ。彼の瞳の奥には、私を一生、自分の手の内に閉じ込めるという、冷たい決意が揺らめいていた。




