第十九話:外交の第一歩と、マリアの誘い
マリアとの休憩時間の会話は、私が予想していた以上に順調だった。彼女は、私の平民という身分や、アレスの監視を恐れるよりも、純粋に魔導の技術に強い関心を抱いていた。
「ルナ様が、あの高度な魔力制御を独学で会得されたなんて、本当に驚きました。王立魔導学院でも、上級生がようやく挑戦するレベルです」マリアは目を輝かせながら言った。
「独学というほどではありません。父の残した古書と、二年間の集中した訓練の賜物です」
私は謙遜したが、内心ではマリアの評価に満足していた。貴族令嬢にとって、家柄以外の飛び抜けた才能は、アレスへの恐怖を一時的に忘れさせるほどの魅力になる。
マリアは周囲をちらりと見て、少し声を潜めた。
「実は、特待生クラスの女子生徒たちは、ルナ様が殿下のおそばにいると聞いて、戦々恐々としています。ですが、皆、ルナ様の魔力制御の腕前は本当に認めています」
(なるほど。恐れと尊敬が半々、というところね。この尊敬を足がかりにすればいい)
ルナは心の中で戦略を練った。孤立を打破するには、まず貴族の輪の中心にいる女子生徒、特にマリアのような実力者を味方につける必要がある。
その日の午前中の講義は、マリアとの会話のおかげで、ルナの心は浮き立っていた。そして昼食時、ルナがトレイを持って席を探していると、マリアが再び声をかけてきた。
「ルナ様!こちらでご一緒しませんか?」
マリアのテーブルには、既に数名の女子生徒が座っていた。皆、マリアに続いて私に微笑みかけようとするものの、やはりアレスの存在を意識しているのか、表情はどこか引きつっていた。
(これが外交だわ!マリア様が先陣を切ってくれた!)
ルナは迷わずそのテーブルへと向かった。席に着くと、マリアは他の令嬢たちに私を紹介した。
「こちらは、特待生のルナ様よ。その魔力制御の技術は、私たちとは比較にならないほど素晴らしいわ。皆、ルナ様から色々と学ばせていただきましょう」
マリアの明るい紹介により、他の令嬢たちも緊張を解き、少しずつ私に質問を投げかけるようになった。会話は主に魔導の話題に限定されていたが、これは大きな進展だった。アレスの監視の目を避けながらも、私は確かに貴族令嬢の小さな輪の中に入り込めたのだ。
昼食が終わる直前、マリアが私に顔を近づけ、そっと囁いた。
「ルナ様。実は、今週末に王都で開かれる『若手魔導士のための非公式茶会』があります。よろしければ、私とご一緒しませんか?様々な貴族の優秀な子息令嬢が集まります」
ルナの心臓が大きく跳ねた。それは、学園内での小さな交流ではなく、貴族社会への本格的な足がかりとなる誘いだった。しかし、その誘いは、アレスの「男子生徒との交流は禁止」というルールに抵触する可能性がある、危険なものだった。
「その茶会について、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
ルナは、外交の成功と、アレスの怒りの間で葛藤しながら、マリアに尋ねた。




