第十七話:推しとの豪華な夕食と、新たな作戦
アレスとの夕食は、離宮のさらに奥深くにある、特別なダイニングルームで摂ることになった。室内は温かい暖炉の光に照らされ、豪華な絨毯が敷かれていたが、何よりも特徴的なのは、窓の外に広がる手入れの行き届いた夜の庭園だった。この空間は、外界の喧騒から私たち二人を完全に隔絶していた。
「この部屋は、元々、僕が静かに思案するための場所だった。王宮の喧騒から離れ、国政や魔導の研究に没頭するためにね。今は、君との食事のために使っている」アレスはそう説明した。
夕食の料理は、銀色のカトラリーに映える、芸術品のように洗練されたものばかりだった。私が一番感動したのは、豪華な食事の内容よりも、アレスが私と向かい合って座り、一対一で時間を共有しているという事実だった。彼は優雅にナイフとフォークを使いながらも、その視線は常に私に注がれていた。
「君が明日から、友人を作る努力をすることを許可した」アレスは透き通った赤ワインのグラスを傾けながら言った。
「はい、ありがとうございます。あなたに二度とご迷惑はかけません」
「迷惑など、僕が勝手に判断する」アレスの瞳が鋭くなった。「君の言う通り、僕が君を王妃にするなら、君は僕の計画に必要な要素を全て備えるべきだ。貴族令嬢との会話技術もその一つだろう。ただし、僕の許可は僕の寛大な支配の結果だと忘れるな」
彼の言葉には、私への容赦のない期待と、私を完全に掌握しているという絶対的な信頼が込められていた。そして、アレスは真剣な表情に戻り、私に具体的な戦略を求めた。
「ルナ。昨日、君に話しかけられて逃げたシエナ嬢や、他の生徒たちは、君が僕の監視下にあることを知っている。誰も、僕の逆鱗に触れてまで、君に近づこうとはしない。その恐怖の壁は、僕が君を守るために故意に築いたものだ」
「そうですね。昼間、痛感しました。私の笑顔や努力だけでは、あの壁は崩せませんでした」
「だから、君は彼らに話しかけさせるための明確な理由を作らなければならない。僕の許可を得たからといって、無為な努力を続けるのは非効率だ。彼らが君に接触することで、得られる利益が、僕を恐れる恐怖心を上回る必要がある」
(なるほど。アレスの支配の壁が崩れないなら、その壁越しに話しかけさせるほどの、強烈なメリットを私が提供しろ、ということね!)
私はアレスの言葉を、推しからの「王妃育成のためのミッション」だと捉えた。私が孤立しているのは、「アレスの女」というレッテルがあるからこそ。その圧倒的な恐怖を凌駕するほどの付加価値を、私自身に付ければいいのだ。
「分かりました、アレス。私に任せてください。彼らが私に話しかけざるを得ない状況を作ります」私は力強く答えた。
夕食は和やかに終わり、アレスは私を寮の入り口まで送ってくれた。周囲に誰もいないことを確認すると、彼は私を引き寄せ、髪を撫で、そして私の頬にそっとキスをした。
「明日を楽しみにしているよ、ルナ。君が僕の許可の範囲内で、どれだけの成果を上げるか、観察させてもらう。そして、君が誰かと話す瞬間、僕は常に君の傍にいることを忘れるな」
彼の低く甘い声が、私の耳に残った。
翌朝。私は授業が始まる一時間前、新たな作戦を実行に移した。
(貴族の令嬢たちが最も関心を抱く話題…それは、ファッション、社交、そして、家柄が直接関わる魔法の技術力よ!)
私は、誰も使っていない広い廊下の窓際で立ち止まった。そして、アレスが昨夜指導してくれた、属性を持たない純粋な魔力を幾何学模様に瞬時に収束させるという、非常に高度な魔力制御の実習を始めた。これは、魔力操作の精度と集中力の極致を要求される技術だ。
私の周囲には、繊細で複雑な光の粒子が瞬時に集まり、それは一瞬で完璧な文様を、空中に立体的に描き出す。その光景は、一見の美しさというよりも、驚異的な技術力の誇示であり、貴族が家門の力として喉から手が出るほど欲しがる要素だった。
案の定、通りがかった生徒たちは、私の起こす現象に目を奪われた。特に、貴族の令嬢たちは、その技術レベルの高さに、アレスへの恐怖を忘れ、目を輝かせ始めた。
(成功だわ!この技術力は、アレスの支配力を一時的に凌駕するほどの価値がある!)
私は実習を終え、何事もなかったかのように、難しそうな魔導書を広げた。すると、数秒後、一人の女子生徒が、おずおずと、しかし好奇心に駆られたように、私に声をかけてきた。彼女は伯爵令嬢のマリアだった。
「あ、あの…今の魔力制御、どうやっているんですか?見たことがない高度な技術ですが…」




