第十六話:王妃の覚悟と、支配の壁の崩壊
アレスの「君は、僕以外の誰かとの交流を望むほど、僕の傍にいるのが退屈になったのか?」という問いは、私の胸に鋭く突き刺さった。彼の瞳に浮かぶ感情は、純粋な独占欲の表れだ。
「違います、アレス!」私はすぐに頭を振って否定した。
「あなたが、私の隣に立つことを望んでくれているからこそ、私は外交努力をしたのです。私が、あなたに負担をかけたくないからです」
「負担?」アレスの表情が一層冷たくなった。 「僕が君を完全に守り、君が勉学に集中できる環境を整えたことが、君には負担だと?」
「そうじゃありません」私は深呼吸をし、意図を明確に伝えようとした。 「アレス、あなたは今、この国の第一王子として多忙なはずです。軍事顧問としての責務も重いでしょう。あなたは私を守るために、ご自身の貴重な時間を割き、学園にまで滞在しています」
私はさらに続けた。 「もしあなたが本当に私を王妃にするつもりなら、私はあなたにふさわしい資質と、貴族社会での基盤を築く必要があります。王妃が周囲に孤立していたら、それはあなたの統治の弱点となり、あなたの仕事が増えるだけです」
「私は、あなたの足枷になりたくない。あなたの重い公務を少しでも軽くしたい。そのために、この学園で貴族社会の基礎的な人間関係を学ぶ努力をしたいのです」
私の切実で現実的な訴えに、アレスは言葉を失った。彼の銀色の瞳が、驚きと、そして深い思案の色を帯びていくのが分かった。彼は、ルナがただ彼から逃れたいわけではなく、王妃になるという彼の計画をより磐石にするために行動していると理解した。
「なるほど。君は、僕のために、僕の定めた完璧な防護策に穴を開けようとしている、と」アレスは少し声を緩めた。
「はい。完璧な防護策は、時に息苦しい鎖になります。私は、鎖ではなく、あなたの隣で共に戦う武器になりたい」
この時、アレスの美しい顔面から、全ての威圧感と冷たさが消え去った。彼の表情は、私の献身的な動機に対し、深い満足を覚えているようだった。
「ルナ…君は、どうしてそこまで僕のために考えるんだ」彼の声には、深い戸惑いが含まれていた。
「決まっているでしょう」私はにっこり笑った。 「あなたは私の推しですから。私は、推しに世界一幸せになってほしいだけです」
その言葉に、アレスは椅子に深くもたれかかり、大きく息を吐いた。そして、諦めと、ほんの少しの甘さが混じった表情を浮かべた。
「わかった。君の覚悟は理解した」アレスはそう言うと、静かに許可を出した。 「ただし、条件がある。君が友好関係を築く努力をするのは構わない。だが、貴族の子息、特に男子生徒との私的な交流は、僕が同席しない限り、一切禁止だ。女子生徒との交流も、常に報告しろ。僕の監視は続けるが、君の意思を尊重しよう」
彼は支配の壁を完全に崩壊させたわけではない。しかし、私にわずかでも自由を与えてくれた。それは、私のアレスへの愛と、アレスの私への執着が、初めて交差した瞬間だった。
「ありがとうございます、アレス!」私は心から感謝した。
「感謝はいらない。さあ、時間だ。君の今日の努力の報酬として、夕食は僕と二人で食べよう」アレスは立ち上がり、私に手を差し伸べた。
ルナは、推しとの二度目の夕食という最高の報酬に胸を躍らせながら、彼の完璧な手を取った。この瞬間、アレスの冷酷な支配は、私にとって最高の特権へと変わったのだ。




