第十話:王都の生活と、推しとの再会バトル
合格通知から数週間後、私は王都へ向かい、両親を故郷へ見送った。王都での生活に慣れるため、入学式までの数日間を宿で過ごし、ついに学園の門をくぐった。荷物を整理した後、私は早速、学園の図書館へと足を運んだ。アレスに追いつくためには、知識も貪欲に吸収しなければならない。
図書館の重厚な扉を開けると、そこは荘厳な静寂に包まれていた。私は棚を回り、分厚い魔導書を何冊か手に取った。そのうちの一冊をテーブルに置いて読み始めた時、ふと、隣の席に誰かが座る気配がした。その人物から発せられる魔力の波動が、あまりにも強く、そして冷たかったため、私の集中力が乱れた。
心臓が早鐘を打つ。まさか、そんなはずはない。私はおそるおそる顔を上げた。
そこには、夜のように深く艶やかな黒髪と、研ぎ澄まされた金属のような銀色の瞳を持つ美少年が座っていた。彼の顔は、この二年間、私が写真や噂で見てきた通りの、冷酷さと完璧さを纏った、神話級の美貌そのものだった。
「…アレス」
私は思わず、あの頃の愛称を口にした。しかし、すぐに王族の前であることを思い出し、ハッと口元を抑えた。「あ、い、いえ!レオナルド殿下…!ご無沙汰しております」
アレスの表情が、一瞬にして凍りついた。彼の銀色の瞳から、図書館の静寂を切り裂くような冷たい圧力が放たれる。彼は私の手をそっと掴んだまま、口を開いた。
「どうして、『殿下』なんて呼ぶんだ」アレスの声は低く、そして明確にキレ気味だった。
「どうして、昔みたいに『アレス』と呼んでくれない。君にとって、僕はもう、あの時のアレスではないということか?」
「え?だ、だって、殿下は今やこの国の第一王子で、軍事最高顧問で…」私はしどろもどろになった。公的な場で王族を愛称で呼ぶなど、不敬罪に当たるだろう。
アレスは、私の理屈など一切通じないというように、手を握る力を少し強めた。そして、彼の顔が、ゆっくりと私の方へ傾けられた。
「…ルナ」
彼の銀色の瞳が、真剣な光を帯びる。その目は、周囲の誰もが知る冷徹な王子の顔ではなく、私にだけ見せてくれた、あの日の孤独で愛おしい少年の顔だった。完璧な美貌が、わずかな悲しみと、強い愛情を帯びた表情に変化した瞬間、私の理性は崩壊した。
(くっ…!こんな顔されたら、無理に決まってるでしょ!?顔面S級の推しが、私のためだけに甘えた表情を見せてるんだよ!?不敬罪とか、そんなのどうでもいいわ!推しの願いがこの世の全てよ!)
私は降参した。「…アレス」
私が再び愛称を口にした瞬間、アレスの顔に、世界がひっくり返るような、満面の、しかしどこか狂気に満ちた極上の笑顔が咲いた。
「うん。それでいい」
その笑顔の破壊力は凄まじかった。私の脳内で歓声が上がり、私の体は文字通り、一瞬にして砂となって崩れ落ちていく感覚に襲われた。(しゅ、しゅごい…!顔面が強すぎて、私の精神が耐えられない!砂化する!)
彼は崩れ落ちそうになった私の体をそっと支え、そのまま抱きしめた。「よく来てくれた。ルナ。僕が君のために掃除したこの場所へ。君が自分で扉を開けてくれるなんて、最高に気分がいいよ」彼の声は、二年間の空白を埋めるように、独占的な喜びに満ちていた。




