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ゾンビ  作者: 空腹のペンギン


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『11月7日から体調不良を理由として永楽総合病院に入院し、12日の深夜に失踪しているのが発覚した梅村誠議員ですが、状況からバイオテロや誘拐等の可能性があるとして警察がJIHS―国立健康危機管理研究機構にて検査を行っておりました』

『―そして本日、同機構より未知のウイルスが検出された、との報告がなされました』

『どういうことですか!』『総理、総理!』『質問は後で行います!お静かに願います!』『事態把握が遅いんじゃないですか!』

『―この事態に対応するため、厚生労働省および内閣危機管理統括庁を中核とし、迅速かつ適切な初動対応を行い、』

~中略~

『日本新聞です。ウイルスの病原性や危険性などの情報については』『引き続き、JIHSにて分析を行っているところであります』

『NTAテレビです。現時点での感染者の特定や感染者の人数は』『現在、各機関が連携しつつ、感染経路の特定、およびPCR検査キットの生産確立にむけて尽力しております。特に感染が疑われる梅村議員との接触者に関しましては、血液中の全核酸の特定を行うメタゲノムシーケンスの手法を用いることで特定を行っていく方針です』

『週刊経済です。梅村議員の行方についてなにか進展は』『警察に対して一層の捜査の強化を要請したところであります』

『関東新聞です。政府対策本部の設置や緊急事態宣言の発令については』『現在確認されている感染者例が1人のみであること、また発令に伴う混乱などを考慮しまして現時点では行わない方針です』

『―新聞です。ワクチンの開発などについては今後―』『それにつきましては―』

『―テレビです。政局の混乱が予想されますが、―』『政策ごとに是々非々の―』

『―テレビです。国民の不安に対して向き合うために―』『積極的な情報公開を―』

『―報道です。外出の自粛要請などは―』『また状況が分かり次第―』

『―新聞です。今回の対応はあまりに杜撰な―』『私どもといたしましても―』

『総理』『総理!』『総理!』『総理!!』

~中略~

『我々は先の新型コロナウイルス対応の反省を生かし、制度や組織の改正を行っております。我々にはパンデミックを防ぐ準備があります。閣僚全員全身全霊を尽くし、国民の皆様の生命財産を守るために働いていく所存であります』


『国民の皆様にも手洗いうがいの徹底、マスクの着用、密の回避等、できる限りの感染症対策をお願いしたい』



『―以上、昨日の記者会見の様子をお伝えしました。石田総理は経済や政局の混乱を考慮し、現時点では政府対策本部の設置や緊急事態宣言の発令は行わないとし、まずはウイルスの全容の解明に努め、初動対応を進める方針です。続いて日経平均株価ですが……』

「全面安」

 暖房の低い作動音。1人きりの静かなリビングでそう言葉を漏らした俺は、つい苦いため息を溢れさせた。

 答え合わせをするように、なんとなく垂れ流したままのテレビは『昨日の終値の45270円から一時2000円安となり……』と言葉を淡々と吐きだす。これほど嬉しくない正解もない。

 理由は単純、ウイルス発見のせいだ。コロナ渦の再来が危惧されたせいで、一部の製薬系企業以外はその値動きを緑に染めていた。

 憂鬱さについ止まりかけた手に気づき、食パンの欠片を無理矢理コーヒーで流し込む。


 11月18日、金曜日。両親が秋田の方に向かってから2週間ほどになる。初めてとも言える長時間の留守番(一人暮らし)に最初は色々と苦労したものの、慣れればなんとかなるものだ。時々母にメッセージで質問する以外には1人でやっていけている。

 『色々とちゃんとね』という昨日一方的に送られてきた母の小言が頭に浮かんだ。

(漠然としすぎだよな)

 多分ウイルス対策、のことだとは思うのだが……。

 ちらりと部屋の隅の方に首を伸ばす。

 綺麗に片付いたキッチン。その一角を占領して、大量の何かが山積みになっている。ペットボトルの水、缶詰、カップラーメン。マスクや消毒液などの感染症対策の物資。

 いわゆる備蓄だった。

 思わずにやついてしまう。

 『買っておいた方がいいかも……』薄暗い冬の夕方、点滅する蛍光灯を背後にしてためらいがちにそう話す真霜さんの姿が鮮明に頭に蘇った。あの日の幸運な出来事をしみじみと噛みしめる。ついでに学校に遅刻しかけたことも思い出しかける。

 あぶないあぶない。頭を振る。

「もう出ておくか」

 連想ゲームのように先々週の失態を思い出した俺はさっさと身支度を整え始める。テレビの画面端に映る時間にはまだ余裕がある中、荷物を背負った。我ながら殊勝な心がけだ。

 ちなみに学校からは、休校やオンライン受講のお知らせの代わりに『感染症に気を付けながら通学を行ってください』という意識の低いメールが配信された。まあ外出自粛の要請も出されていないしそんなものだろうか。

 一人きりの玄関を開けると冷気が流れ込み身体を包み込んだ。夏の暑さはどこに行ったんだろうか。すっかり冬模様に変わった空気に、行ってきます、と白い息を吐く。かじかみだした指で鍵を閉める。コートの襟を立てる。

 染み入るような寒さにぐっと伸びをした後、どこか寝ぼけたようなぼんやりした朝の青空の下、駅へと足を向けた。

(だいぶマスクを着ける人も増えたな)

 通りかかる学生やスーツ姿の人はほとんどがマスクを着けていた。というか着けていない人の方が珍しいように見える。元々インフルが流行っていたとはいえ、昨日の今日でよく用意出来たものだ。

 感心しながら、住宅地を抜け人の流れに沿って見慣れた駅前へとたどり着く。緑の『JR』と共に『中野駅』の文字が白く掲げられている。小さな売店と自販機。壁の端に貼り付けられた選挙の掲示板は、先々週と異なり白い面を晒している。

 甲高い電子音を響かせて改札を通り過ぎ、ホームの列へと並んだ。

『―行きが参ります。黄色い線の内側まで―』

 アナウンスと共にホームに滑り込む電車を少し期待して見つめる。もしかすると、時間差通勤やらなんやらで……。


 目の前で徐々にスピードを落としていく電車。

(あ、だめだ)

 その蒸されたように曇るガラス窓を見て、儚い期待はあっさり裏切られた。仕方なく既にほぼ満員の車内に身体を押し込む。

 大物議員の失踪、未知のウイルスの発見、神経系に作用するという異例の病原性。でもどこか空気は緩んでいる。

 意外と普段通りだ。


 東京都中野区。再開発が進み新しくなりつつあるこの街が、俺の地元だった。静かな住宅街と駅前を中心にした賑やかな商業エリア。高層ビルが幾本も建ち並ぶ超大都会、ではないが、居心地のいい街だ。サブカルの中心地でもあるし、鉄道やバスも多く通っていて交通の便もいい。大学のある八王子まででも電車で40分程度だ。

 ちなみにリンや真霜さんもここに住んでいる。家族と離れてひとり暮らしをしているから、2人とも地元という訳ではないみたいだけど。

 ガタガタと電車が身体を揺らす。

『―この先カーブのため、大きく揺れます』

 膨らむようなカーブに、押しつけられる身体。ぼやけた音質のアナウンスと、とりとめなく移ろう思考。いつもの情景。男性の付けたイヤホンから音が漏れ出している。『つまり感染するとゾンビになるという考察を―』


 その風景、それが誰かが息を呑む小さな音で一気に覚醒する。

「……ごほっ!ごほごほっ!」

 車両の真ん中、中年の男が胸を抱えて咳き込んでいる。

 マスクはしていない。

 その事実を認識した途端のことだった。

 後ずさるようにして、人混みが徐々に割れる。

 座席はもちろんつり革も埋まり、満員に近い通勤電車。身動きすら難しいその中で、全員が押し込み押し込まれ、潮が引くかのように人混みに穴が開く。

 誰も何も言わない。電車のカーブが固まった乗客を押し揺らす。奇妙な緊張が普段の見慣れた空間に張り詰めた。様々な視線が男に集まっていく。動画サイトやSNSで仕入れた情報が乗客の頭にフラッシュバックする。

『なんなんだ』『マスクしろよ』『かかってんじゃないの』『うつるってば』『何やってんだよ』

「あ、……あの……すみません……」

 特に何事も無く、ただ咳き込んだだけだったのだろう。議員のように倒れることも無く、飛び降りたりもしない。平常に立ち直った会社員もきょろきょろとあたりを見渡しながら気まずそうに軽く頭を下げている。

 思い出したかのように、スーツからマスクを取り出すと白く口を覆う。小さすぎるそれからは顎も鼻も飛び出している。

『次はぁー八王子ぃー、八王子ぃー。お出口はぁー左側ぁです』

 間延びするような独特のアナウンスが静寂へと染み込んだ。マスクを付けたという事実と、いつもの空気を流れ込むのを感じて、ようやく雰囲気が弛緩する。

 人の穴が徐々に狭まり、男が人混みに受け入れられる。どこからともなくため息が漏れ出す。

(いつも通りなのは表面上だけか)

 思いをよそに、車両は減速する。



「おはよう」

「うん……」

 レンガ造りの正門と、最近建て替えられたコンクリやガラスで作られたスタイリッシュな校舎。八王子に位置する公立高校を緑を散らした木々が取り囲んでいる。一見アンバランスのようでありながらも不思議と調和している高校の門前で、マスクを着けたリンが軽く片手を上げる。

「元気ないな、どうした」

「寒いんだもん……夏のほうが好きだよー」

 くぐもったその言葉の通り、リンは重装備だ。マフラーに手袋、ブレザーの上にはコートを羽織っていて、制服の下にも重ね着をしているのか少し膨れて見えた。

 寒風の中、2人隣り合わせになって歩き始める。登校するにしては少し早い時間帯だからか門をくぐる人は少ない。白く煙るグラウンドではサッカー部員が朝練を始めている。

「ユウキ、最近は遅刻しないね」

「単位やばいから」

 ふーん、と意味ありげに言葉を伸ばすリン。目がチラチラと俺の背後を追っている。

(この目は多分……)

 振り向く。

(やっぱりか)


 真霜さんだ。オーバーサイズ藍色のダッフルコートを羽織る

「おはよう」

「………おはよう」

 帰ってくる短い返事。

 口元を隠すマスクに何重にも巻かれたマフラー越し。通りすがりに呟くように出された、ぼやけた小さな言葉。しかしそっぽを向きながらも成立した言葉のキャッチボール(やり取り)に、リンは目を見開いた。

「えーやるなあ。話せるようになったんだ」

「荷物を持った仲だからな」

 真霜さんの後ろ姿と俺を交互に見て驚く友人に言葉を返す。短いとは言え、挨拶が交わせるようになったのは大きな進歩だ。無の関係がとりあえずはプラスに進歩したのだから。

「リンのおかげだよ」

 でしょ、と自慢げに胸を張るリン。「キューピットになったげるよ」「それは遠慮しとく」

 言葉を交わしながら、暖房の効いた校舎の中へと入る。

「あったかあぁ!」

「溶けそうだな」

 温まると声がでかくなるらしい。



「うわ、人少な」

 扉をスライドした途端にリンがうえー、と舌を出した。

 後ろからのぞき込むと点々と距離を開けて席に着く生徒が見える。しかし確かにマスクで顔を隠した生徒の数はどう見ても10人もいかないくらいだ。先週よりもさらに少なくなっている。

「みんな来てないのかー」

「いいじゃん。少ない方が集中できるし」

 話しつつ、いつもの最後部の椅子に荷物を下ろす。

「そんなこと言ってさあ」

 葵ちゃんに会いたいだけのくせに。生ぬるい視線を向けてくるリンに何も言えない。

「急に真面目になっちゃってさあ。株のこととかも調べ始めたんでしょ」

 曖昧に頷く。

 真霜さん(好きな人)との共通の話題を作るためだ。実際に取引をしているわけではないが、なんとなく株価や社会情勢なんかには意識して目をやるようにしていた。

「で、一緒にどっか行ったりとかは?」

「そんなの」

 してないよ!と言葉にしようとしたとき。

 教室に衝突音が響き渡った。

「ちょ、ちょっとごめんなさーい!」

 爆音を鳴らした扉から駆け込んできたのは担任だった。点在していたクラスメイトも何事かとその姿を見守る。

「ごめん!通勤できない先生方が多いので本日は休校!みんな下校おねがい!」

「えー!」

「なんで今言うんですかー」


「まじか」

 悲喜こもごも一斉に声を上げるクラスに、高校の通知アプリを起動させると確かにメッセージが入っている。体調不良を理由として休講、らしい。頭の端に『新型ウイルス』の文字がちらついた。

 教室に点在する生徒もスマホを見た途端がっくりと肩を落として荷物をまとめだしている。

「直前に言うなよな」

 ぼやいた言葉に、なぜかリンは答えない。

 途端に静かになった俺たちを置いて、ドアから人が抜けていく。

「……新型のウイルスにかかったんじゃないよね……」

「どうせインフルだって。分かんないこと考えても仕方ないよ」

「……まあ、それもそうだよね!」

 あからさまに明るく声を張り上げたリンは、

 勢いそのままに、ビシッと講義室の隅に指を突き出した。

「葵ちゃーん!3人でご飯行かない?」

 は?

「え、ちょっ」

「……行く」

 え。固まる。今なんて言った?

「私、行きたい」

 聞き間違えを疑う心を読み取ったように、真霜さんははっきりと言葉を繰り返す。 

「一緒に」

 高校からの連絡を受けて、もう3人以外は教室にはいない。今日この先の予定はない。

 ニマニマと口角をつり上げるリン。まっすぐに黒目がちの瞳で見つめてくる真霜さん。

「……あー、じゃあ一緒に行こうか」

 願ってもないチャンスに、ウイルスのことなど頭から抜け落ちた俺はいつの間にかそう言葉を返していた。

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