表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
6.若き老中
75/154

幕間『声なき風、町に吹く』

ー名もなき寺子屋の師匠ー


今朝の墨は、濃い。

硯に落とす水が冷えていたせいかもしれない。


「先生、これ、合ってますか」


そう言って差し出された筆習いの紙。

子どもの指はかじかんでいて、線が少し震えていた。


「よく書けたな。『政』の字は難しいが、形はとれている」


寺子屋の一角に、小さな笑顔が咲く。

冬の朝、障子越しの光が、子らの顔をぼんやり照らしていた。



「先生、政治って、どこでしてるんですか?」


ふいに、別の子が訊いた。

寺子屋には、たまにこういう問いが混じる。


「江戸城のなかでな。偉い人たちが集まって、物ごとを決める」


「ぼくたちにも、関係あるの?」


「……少し、あるな。だけど、わかりにくい形で届く」


例えば、米の値段。

例えば、町の見回りの人数。

例えば、大人たちの顔色。


政は、遠くて、近い。



その日の午後、裏長屋で小さな噂が立った。


「また誰か、登用されたらしいぞ」

「どこの誰だ?」

「知らん。けど、“若い”らしい」


ふーん、と誰かが言い、すぐに話題は変わった。


でも、師匠の耳には残った。

“若い”という言葉。


(あの阿部って老中、若かったな……)


寺子屋の壁にかけられた古い瓦版の切れ端に、

その名前が載っていたのを思い出した。


遠い話だ。

けれど――遠い風は、いつかこちらにも吹く。



「お前たち。今日は、少し難しい字をやってみようか」


「なに?」


「“兆し”という字だ」



子どもたちは、一斉に筆を持つ。

墨のにおいが、かすかに揺れた。



[ちょこっと歴史解説]


幕末において、政治改革や登用の動きは、すぐには庶民の生活に届きませんでした。

しかし、阿部正弘のように若くして老中となり、異例の人事を行っていたことは、

町方の間でも「耳にする」レベルでは話題になっていた可能性があります。


この幕間では、政の動きが生活の場に「風」として届き始める瞬間を描いています。

誰もがその意味を理解しているわけではない。

けれど、「何かが変わるかもしれない」という予感は、言葉にならぬ形で、じわじわと人々に沁み込んでいったのです。


また、「寺子屋」のような教育の場は、身分にかかわらず町人の子らが学ぶ場所であり、

その中で政治や時代の変化がわずかに触れられることも、庶民の“静かな教養”の一端を担っていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ