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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
6.若き老中
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048KR2. 若き老中(動)ー波紋ー

誰が何を言ったのか、もう憶えていない。

ただ――その声が、何かを変えたのだと思う。



「殿中で耳にしたのだがな、老中様が、若い者を登用したらしいぞ」


勝麟太郎は、箸の動きを止めた。

干した大根の味噌和えの、歯ごたえだけが妙に耳に残る。


「誰を?」


「それが、名前までは聞こえなんだ。ただ、派閥にも属さぬ異例の人事だとか」


語るのは、同じ塾の者か、あるいは道場仲間か。誰だったかはわからない。

けれどその言葉が、彼の中に小さな灯をともしたのは確かだった。



登用。異例。若い。――老中様。


(……阿部正弘)


たしかに、あの人ならやりかねない。

あの眼差し。昌平坂で一度だけ交わした会話。

言葉ではなく、黙して動くような、鋭く、静かな意志。



「俺たちには、関係のない話さ」


誰かが吐き捨てるように言った。


その場は、少し笑いが起きて、それで終わった。


けれど勝の心はざわついていた。


関係がない?


(いや、ある。あるに決まってる)



小石が、池に落ちた。

その波紋は、すぐそばの水面には届かないかもしれない。

だが、確かに動いた。空気が、肌が、それを知っている。


(いま、誰かが声をあげた。だから、動いた)


ならば――自分も。



夜、その日の終わり。

勝は、一枚の紙を取り出して、筆を握った。


内容は未定。誰に見せるつもりもない。

だが、そこに「言葉」を残すことが必要だった。


それが、まだ名もない、自分の中の「動き」だった。



[ちょこっと歴史解説]

▪️ 若者の声、風の予兆 —— 勝麟太郎が見た「登用」


この時代、旗本や御家人の末席にいる若者たちは、基本的には“政”からは遠い場所にいました。

学問所や藩校で学んでいても、幕政に関わる道筋は限られており、登用されること自体が極めて難しいのが実情でした。


だからこそ、阿部正弘の「異例の登用」――すなわち、実力や人物本位による人選は、末端の若者たちにとって衝撃でした。


勝麟太郎(のちの勝海舟)にとっても、この時期の登用の動きは、自分の生き方を見つめ直す契機となったと考えられます。

彼は早くから蘭学や航海術に興味を持ち、独学を続けていましたが、その背中を押すものの一つが「時代が変わり始めている」という空気だったのです。


この話では、その「空気」を若者の感性で捉えた瞬間――

声にはならぬ声が、心の中で「動き」始めた一場面を描いています。

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