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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
6.若き老中
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048A2. 若き老中(志)ー拝命

初夏の風が、江戸城の堀を渡る。

その朝、正弘の胸には、確かな熱があった。


老中就任――

まだ実感が追いつかないまま、御殿の廊下を歩く。


すれ違う者が、深く頭を下げる。

気圧されるよりも、今は――誇らしいという気持ちが、胸を占めていた。


(やっと……ここまで来た)


若年寄として黙々と務め、学び、観察し、時に小さく声を上げてきた。

その積み重ねが、この場へと繋がったのだと信じたい。


「備中守様、控えの間にてお待ちを」


案内に従って進んだ先、控えの間にはすでに幾人かの老中が座していた。

その空気は、静謐――だが、どこか張り詰めている。


一礼して、定められた席に座す。

座布団に腰を下ろす瞬間、微かなざわめきが胸を打った。


(これが……政の座)


その時――

視線の端に、ちら、と冷ややかな目線を捉える。


老中・某(仮名)は、静かに茶を口に含み、正弘を一瞥した。

何も言わぬその態度に、言葉よりも強いものを感じる。


(あれが……反対派か)


知っている。

自分の就任には、全会一致ではなかった。

水野忠邦の推挙、若さ、家格……そのどれもが、疑念の種になり得る。


だが――


(試されているなら、それでいい)


正弘は、深く呼吸を整えると、膝に置いた手をゆっくりと握りしめた。


「諸侯との海防の件に関して、整理された報告をいただけますか」


視線が集まる。

誰もが、口火を切ったこの若き老中を、測ろうとしていた。


一瞬の間。

やがて、年嵩の老中が、小さくうなずいた。


「……よかろう」


その一言から、政の場が動き出した。



まだ、自分は「声」を持たないかもしれない。

けれど、「聞く力」と「知る意志」なら、誰にも負けない。

それを証明する場は、ここにある。


正弘は静かに、けれど確かに、老中の座での最初の一歩を踏み出していた。



[ちょこっと歴史解説]


■ 阿部正弘、老中へ――その「若さ」と「異例」


嘉永元年(1848年)、阿部正弘が十九歳で老中に就任したことは、江戸幕府の長い歴史の中でも極めて異例の出来事でした。

通常、老中という役職は、譜代の大名の中でも中年以降の経験を重ねた者が選ばれることが多く、二十歳前後の青年が任命されることは、ほとんどありませんでした。


阿部正弘は、阿部家の嫡男として早くに家督を継ぎ、十七歳で若年寄に抜擢。

そしてそのまま、水野忠邦の推挙を受けるかたちで老中に就任します。


この背景には、阿部家の家格や忠邦との関係もありますが、同時に、当時の幕政が新しい担い手を求めていた兆しともいえるでしょう。

黒船来航の数年前――幕府はすでに、外圧や国内の不安定化という「時代の転換期」に向かいつつありました。


もっとも、老中になったからといってすぐに発言権を得るわけではなく、実際の政治的影響力を持つには、合議の中での信頼や経験、後ろ盾が必要です。

若さゆえに警戒する者もいれば、様子見をする者もいたでしょう。


阿部正弘は、そうした静かな視線の中で、一歩ずつ信頼を築きながら政の中心へと進んでいくことになります。


それが、「若き老中」と呼ばれた彼の、ほんとうの意味でのスタートでした

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