004KR.不可解?なる門弟
佐久間象山
私の名を騙る者が多い。
蘭学塾を開けば、誰彼かまわず門を叩く。
なかには見込みのある者もいる。だが大抵は、「わかった気になる」だけの連中だ。
そして──勝麟太郎。
あれは最初から、どこか妙だった。
学ぶ姿勢だけは真面目だ。だが、素地は凡庸。
剣も、読み書きも、中の下。
入門から半年、私は名前を覚えようともしなかった。
ところが、ある日――講義中に、ぽつりとこう言った。
「先生、もし異国の艦隊が江戸湾に現れたら、砲台は……いや、まだありませんね。でしたら、まず何を建てるべきでしょうか?」
私は手を止めた。
「……おぬし、なぜ“砲台”などというものを、まるで既に存在しているかのように語る?」
あいつは、肩をすくめてこう答えた。
「……ああ、夢に見たのかもしれません」
その目が、ただの戯言ではないと物語っていた。
以後も、あいつは時折、妙な言葉を吐いた。
「伝馬町に電信線を通すべきです」
「欧羅巴は、じきに中国に手を出します」
「刀ではなく、言葉が武器になりますよ」
何を根拠に言っている? どこで仕入れた知識だ?
書物か? 誰かの受け売りか? ――それとも。
いや、違う。
あれは「知っている顔」だった。
まるで、既にそれが起こったことを“思い出している”かのような。
弟子の一人がこう言った。
「麟太郎は、夢を見てるんじゃないですか?」
私は笑った。
そうだ、夢でも見ているのだろう。
だが、夢でここまで冷静に未来を語れる者が、他にいるか?
私はあいつをまだ信用していない。
だが、目は離せん。
こやつ、何者だ……?
[ちょこっと歴史解説]
勝海舟(勝麟太郎)
幕末の幕臣・軍艦奉行。
のちに「海軍創設の父」と呼ばれ、西郷隆盛との江戸無血開城にも尽力。
その出発点は、どこにでもいるような若き御家人の次男坊だった。
だが、もし彼が未来を“思い出していた”としたら――?