033A. 襷(たすき)
障子の向こうから、庭を渡る風の音が聞こえていた。
白い梅の枝がかすかに揺れている。
阿部正弘は、膝の上に手を重ね、まっすぐ前を見ていた。
父・正寧の座るその背は、変わらず穏やかで、変わらず大きかった。
「……そろそろ、よい頃合いだろう」
それが、すべてだった。
家督の継承も、若年寄の就任も、言葉は必要なかった。
正弘は、ゆっくりと頭を下げた。
形式は、もう整っている。
あとは、受け取るだけ。
だが、「受け取る」とは何を意味するのか。
帳面に記してきたこと、控えの間で見聞きしてきたこと――
すべてが、自分の中で“誰かのもの”だったものが、
これからは“自分が責任を持つ”ものになる。
「まだ、何もしておりませぬ」
そう呟いた言葉に、父はふっと笑みを浮かべた。
「だからよい。
何もせぬうちに、重みを知る者こそが、政に向いておる」
庭に出た正寧が、梅の枝を見上げた。
「咲くには、寒さもいる」
それきり、何も言わなかった。
正弘はその背を見送り、懐から帳面を取り出す。
初めて、その表紙に自分の名を記した。
その名が、まだ軽いことを知っている。
だからこそ、重ねていく。
言葉ではなく、行いで。
襷は渡された。
あとは、走るだけだ。
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[ちょこっと歴史解説]
▪️交代の時代、静かな始まり
阿部正弘が阿部家の家督を継いだのは、天保14年(1843年)、彼がまだ20代半ばの頃である。
このとき父・正寧は隠居し、正弘はそのまま若年寄に任命され、正式に幕府の政務に就くことになる。
それは、水野忠邦の改革が急速に行き詰まりを見せ始めた時期と重なる。
まるで、嵐のあとに静かに現れる別の風のように、
阿部正弘という存在が、政治の前面に現れ始めたのだった。
この話では、言葉少なな父から息子への「襷」が渡された瞬間を描いた。
それは形式的な引き継ぎではなく、
“背中を見せて任せる”という江戸的な、そして家格を持つ武家ならではの、無言の信頼のかたち。
若年寄という職は、老中候補の登竜門とされる重要な役職である。
その任に就くことは、単に家の継承ではなく、「政の責任」を背負うことである。
正弘はまだ、何者でもない。
だが、この回をもって、「これから何者かになっていく者」としての道が始まった。
これにて第4章「天保の改革」は完結です。
次章では、老中就任へ向けての動きと、「食」や「異国」との距離感など、より広い視野が開けていく展開となります。




