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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
4.天保の改革
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030A. 静かなる帳面

朝の空気は、まだ冬の匂いを残していた。

昌平坂から戻った阿部正弘は、屋敷の書院で帳面を開いた。


筆はまだ重たい。

書くべきことは多いが、書ける言葉が少ない。


「水野殿、倹約の範囲さらに拡張。町方における芝居・寄席の停止を断行。

 旗本屋敷の上知の件、今朝の報にて再確認……」


筆先は淡々と記す。

だが、脳裏には、父の声が残っていた。


「あのような動きは、長くは続かぬかもしれぬ。だが、見ておけ。

 誰かが世を揺らす時、必ず、何かが削られていく」


政は“理”でも“熱”でもない。

そのどちらでも足りぬ場所に立たねばならぬ。

けれど今の自分は、まだその場に立っているとは言えない。


控えの間に顔を出すようになってから、月がいくつか過ぎた。

「若年寄候補」――そう囁かれることもあるが、任命はまだ先の話だ。

今の自分にできるのは、見ること、そして、記すこと。


阿部は筆を置き、そっと帳面の端を撫でた。

これはまだ「記すこと」しかできぬ自分への、自戒のようなものだった。



その日、控えの間では数人の上役たちが声をひそめていた。


「水野様の件、かなり強引に映りますな」

「上知令、あれはまるで……反発を誘っているようなものだ」


皆、言葉を慎重に選んでいる。

だが、誰も「止める」とは言わない。

恐れでも、遠慮でもない。

――様子見。静かな沈黙。


「阿部様は、いかがお考えか」


そう問われたとき、正弘は帳面を閉じて静かに答えた。


「記しております」


「記す、とは?」


「今を、です。書き留めるべき時だと思いまして」


それは、逃げではなかった。

彼は確かに見ていた。

水野の改革がどこまで進み、どこで綻び、そして何を残すのか――

その全てを、次の“政の手”へつなげるために。


帳面は静かだった。

だがそこには、風が書かれていた。



[ちょこっと歴史解説]


▪️阿部正弘 出世前――その静けさに、政が宿る


本話の阿部正弘は、まだ正式に幕政の中核に名を連ねてはいない。

若年寄への任命もされておらず、「家督を継ぐ者」「将来を嘱望される若者」として、控えの間に出入りを許された段階にすぎない。


水野忠邦が老中として改革の狼煙を上げる中、

正弘にはまだ、「何かを変える力」はなかった。

だが、彼には見る目と、記す手があった。


政の場において、声を上げず、力を振るわず、ただ見つめ、帳面に残すという態度は、

時に「無力」にも映る。

けれど阿部正弘は、その静けさを恐れなかった。

記録し、冷静に観察し、語るべき時を見極めようとする――

それこそが、後に彼が「政を動かす者」となっていく基礎だった。


政において、沈黙は敗北ではない。

沈黙の中にこそ、思考と構想が育つこともある。


この話は、まだ何者でもない阿部正弘が、「見る者」として立っていた時間。

その“記録者の時代”こそが、後の彼をつくる土壌となっていく。


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