表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
4.天保の改革
33/152

028KT. 雲の下の声

大名小路を外れ、川路聖謨は人の波の中へと歩みを進めた。


小僧が威勢よく桶を担ぎ、女衆が布を染める桶に手を浸す。

乾いた冬の空気に、魚の匂い、味噌の香り、すすけた炭の粉が混じっている。


「このあたり、芝居小屋がずいぶん静かになったようですな」


同行していた同心がぽつりと言った。

確かに、つい数ヶ月前まで賑わいを見せていた芝居町は、どこか気配を消していた。

看板は剥がされ、楽屋口には封がされ、役者たちの姿も見えない。


「倹約令の影響が、ここまで出ているのか……」


川路は、改革の施策をよく知っているつもりだった。

だが、こうして“現場”に立ってみれば、空気は言葉以上に雄弁だった。


ふと、角を曲がった路地の先。

桶屋の脇で、ひとりの老爺が膝を抱えて座っていた。

顔は皺だらけで、手には竹で編んだ玩具の細工を持っている。


「これは……なんの細工か?」


川路が近づいて訊ねると、老爺は目を細めて笑った。


「お奉行様、風車でござんすよ。子どもらにゃ、これが一番の芝居なんでね」


そう言って、風に乗せてくるりと回した。


「商いは?」


「めっきり減りました。芝居も寄席もなくなっちまって、人通りがまるで。

 でもまぁ……生きるには、風がいる。笑いもいる。武家様がどうお考えかは知りませぬがね」


川路はその言葉を、ただ聞いた。


かつて、どこかの歴史の授業で「天保の改革は民衆に厳しかった」と教えられた記憶があった。

だが、それが何を意味するのか、本当のところはわからなかった。


今、目の前にあるのは――消えかけた笑いと、縮こまった風だ。


「……必要なこと、だったのだ」


川路はそう呟いた。

改革は、必要だった。

水野は信念を持って動いている。それは理解できる。


だが、正しいだけでは、届かない。

風は封じられるものではない。

人が息をし、笑うために必要なものは、秩序とは別のところにもある。


雲の下。

そこには、書状では測れない声が、確かにあった。



[ちょこっと歴史解説]


改革と「下の声」


幕末の名官僚・川路聖謨がまだ若い時期、彼は町奉行配下の役人として現場の視察や記録に多く関わっていました。

(※実際には勘定所系の経歴ですが、本作では転生者として「下の視点に共感する存在」として位置づけています)


天保の改革は、徳川幕府が立て直しを図った最後の大規模政策でした。

しかし、「倹約」「風俗取締」「娯楽排除」といった施策は、特に町人や庶民の暮らしを大きく制限しました。


この話では、上からの政策の“正しさ”と、それがもたらす“空気の冷え”を、

川路という観察者の目を通して描いています。


水野忠邦が見ていたのは「秩序ある幕府の再建」。

庶民が見ていたのは、「明日を生きるための、ささやかな自由」。


その間に流れていた風を、川路は初めて肌で感じた――それが、この話の核心です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ