025A.声なき声を綴る(終)
朝の静寂のなか、庭に面した書院に一人、正弘は座していた。
外では梅の蕾がふくらみ、まだ咲かぬ春がそこまで来ていた。
彼の手元には、昨日届いた報告書がある。
「蛮社一件、記録完結す」
表紙の字は淡々としている。だがその奥に、幾つもの“声なき声”がある。
渡辺崋山の自刃。高野長英の逃亡。
文字にすれば、ただの事実。しかし、事実の裏には、息遣いがある。
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「書いて残すことが、なぜ恐れられるのだろうな」
ぽつりと呟いた言葉に、父・正寧は眉を動かす。
「それはな、正弘――“記録”とは、いつか“証”になるからだ」
「証、ですか」
「いまは消されるかもしれぬ。だが百年後、真実として甦ることがある。幕府は、それを最も恐れている」
父はそう言い残し、奥へと下がっていった。
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夜。帳面を開いた。
表題は記さず、ただ淡々と、出来事と所感を綴っていく。
紙の上に現れるのは、事件の輪郭ではない。そこに潜む思いのかけら。
ふと、思う。
誰かが、どこかで、自分と同じように記しているのではないか。
筆を握る手のひらに、見えない連なりを感じる。
それが誰かを知らない。
だが、世の理不尽を、ただ飲み込むだけで終わらせぬ者たちが、
確かにこの国のどこかにいる。
その予感だけが、火鉢の底で残る熾火のように、正弘の胸に灯る。
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やがて、母が静かに湯を運んできた。
何も言わず、そっと盆を置いて部屋を出てゆく。
その背に、礼を言う。
火はまだ消えていない。
言葉も、記憶も、記録も。
そして、遠くの誰かの思いもまた。
正弘は再び筆を取った。
声なき者たちの声を、未来に託すために
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[ちょこっと歴史解説]
▪️記録文化と幕末
江戸幕府は、言わば「記録による統治」を重んじた政権でした。
行政文書、日誌、町役人の帳簿、寺社の届け出、そして武家の家記――
あらゆる階層において、事実を“書き残す”という行為が重要視されていました。
しかし幕末に近づくにつれ、この「記録」という行為が、
単なる管理ではなく、“時代に抗う力”として意味を持ち始めます。
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「記録」は武器か、それとも盾か
蛮社の獄で罪を問われた渡辺崋山や高野長英は、いずれも文筆に秀でた知識人でした。
彼らが書いた文は、幕政批判と見なされ、取り締まりの対象となったのです。
つまり、書くこと自体が処罰の対象になった時代でした。
それは裏を返せば、「書かれた言葉」が持つ影響力を、
幕府自身が強く恐れていたことの証でもあります。
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若き阿部正弘と「記録」の自覚
本作で描かれる阿部正弘は、まだ若年寄に登用される前の段階ですが、
すでに記録への感受性を強く持つ人物として描かれています。
史実の正弘も、後に老中として国政を担うなかで、
外国事情の情報整理、意見具申、各役人の記録提出などを重視し、
「記録をもとに判断する」近代的な官僚像を形づくっていきます。
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幕末という時代の「言葉」と「証」
幕末には、勝海舟の『氷川清話』、川路聖謨の日記や遺言、
篤姫の書簡、ペリーの報告書、開国交渉の記録、数々の志士の遺墨――
まさに“書かれたもの”によって、時代の真実が今日に伝えられています。
一方で、失われた声も数多くありました。
記録されなかった言葉、消された証拠、焼かれた文書。
だからこそ、当時の人々は、自らの言葉を未来に託すようにして記したのかもしれません。
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「書くということは、託すということだ」
この回の正弘の姿は、その自覚の芽生えでもあります。
記録とは、過去の事実であり、未来への遺言でもあるのです。




