024A.灯火の向こうで、
雨が降っていた。
書院の障子を透かして灯の明かりが滲む。
父の部屋からは、筆の音が絶えず続いていた。
「おまえには、まだ早い話かもしれぬが……」
阿部正寧の声は低く、遠かった。
「言葉というのは、時として刃となる。特に、幕府の中ではな」
正弘は、答えず、ただ手元の書に目を落とした。
その書には、渡辺崋山の名が記されていた。
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「“慎機論”を読んだのか?」
突然、父が訊いた。
「はい。読ませていただきました」
「どう思った」
言葉を探す時間が数拍あった。
「誠実な意見です。ただ……幕府には痛すぎるものでしょう」
父の筆が止まった。
そして、灰に火を点けるような声でつぶやいた。
「そうだ。正論というのは、ときに幕府の最も嫌うものだ」
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夜が更け、正弘は灯の残る部屋でひとり帳面をめくっていた。
崋山の言葉。長英の逃亡。そして水野忠邦の顔。
すべてが、まだ「遠い世界」の話だったはずだった。
(でも、このままでは済まない)
筆を執った。
“意見具申、留意記録、記憶の整理”
形式にすがるようでいて、そこには、微かな震えが混じっていた。
それは怒りではなく、静かな決意だった。
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その夜、母がそっと湯を持ってきた。
何も言わず、ただ盆を置く。
正弘が頭を下げると、母はかすかに頷いて、また去った。
灯火の向こう、廊下の奥へと。
家の灯が、そして国の火が、いつまでも消えぬように。
正弘は手の中の紙を見つめながら、火鉢の灰をそっと均した。
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[ちょこっと歴史解説]
▪️阿部正寧という存在
物語に登場する阿部正弘の父、**阿部正寧**は、
天保年間の江戸幕府において、老中の一人として政務を担っていた実在の人物です。
彼は、福山藩主という譜代大名の立場でありながら、
将軍家慶の治世においては、長老格の官僚として信任を受け、
当時の幕政に安定をもたらすため、冷静に役目を果たしていました。
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1839年(天保10年)――
この時代、幕府はまだ「天保の改革」へと本格的に舵を切る直前の時期でした。
水野忠邦が老中首座として登場するのは、その2年後の1841年のことです。
つまり、物語のこの時点で幕府を支えていたのは、
正寧のような経験豊かな老中たちの集合体であり、
一人の指導者による強引な統治というより、
重石のように静かな連携と均衡のうえに立つ体制だったといえます。
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そんな中で、阿部正寧は急進的な改革には慎重で、温厚で理知的な保守派として知られ、
一方で、次世代を担うべき正弘の成長を静かに支えた父親でもありました。
武断ではなく言葉で語る政治、
帳簿ではなく民の声を聴く政――
その原型は、すでにこの時期の父の姿から、正弘に受け継がれ始めていたのかもしれません。




