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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
3.蛮社の獄
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022KT.遠くの銃声、近くの吐息

異国の話を聞いた。

長崎の港に、また洋式の艦が現れたらしい。


(次は、砲声か。あるいは、交易の使節か)


川路聖謨は、今日も帳面をめくる。

黙々と記録を綴り、誰にも気づかれぬように目線を窓の外へ落とす。


同僚たちは、まだ「蘭学禁止だの、言論の締め付けだの」と呟いている。

けれど、彼の意識は――もはや、海の向こうにあった。


ある日、上司の**勘定奉行・羽倉外記はぐら げき**が彼を呼び出した。


「川路、異国通詞の報告書、読んだか?」


「はい。内容には目を通しました。あの艦は、砲台の配置に反応して、距離を取ったようです」


「つまり、“こちらが撃てば、あちらも撃つ”。そういうことだな」


羽倉は煙管を咥えたまま、眉をひとつだけ動かした。


「お前の記録は冷たい。だが、だからこそ使える。記録はな、思想ではない。だが、未来の根拠にはなる」


一瞬、川路は言葉を返せなかった。

この上司は、あえて感情を語らず、しかし温度だけは伝えてくる。


その夜、川路は日記に記した。


「長崎港の艦、発砲なし。外交の余地ありと見る者も。

だが、言葉と砲声の距離は、常に危うし。」


彼は筆を置き、火鉢に手をかざした。


吐く息が、わずかに白い。

火の気はあるはずなのに、胸のあたりが妙に冷えるのだった。


その翌朝。

正門前に集まった書役たちの会話に、渡辺崋山の名が上った。


「蟄居中に、自刃したらしい」


声を潜める者、肩をすくめる者、無言の者。


川路は、何も言わずに門をくぐった。

だが、内心でこう呟いていた。


(声なき言葉も、確かに届く。だから、私は記録する)


その一行が、また一つ、未来の布石となることを信じながら。



[ちょこっと歴史解説]


▪️渡辺崋山の自刃と、その余波


渡辺崋山わたなべ・かざんは、田原藩(現在の愛知県)の家老であり、蘭学者・画家としても知られる多才な人物でした。

異国との関係が緊張する中で、幕政への批判を含む『慎機論しんきろん』を記したことで、**蛮社の獄(1839年)**に連座。

その後は蟄居処分(自宅謹慎)を受け、静かに筆を折る生活を送っていました。


しかし――


天保12年(1841年)、渡辺崋山は自刃します。


「蟄居とはいえ、監視の目が厳しく、言論も信念も奪われた」

そんな中、藩の立場や家族への迷惑を案じたとされ、

自ら命を絶つという結末を迎えました。享年49歳。



この死が残したもの


崋山の死は、彼を慕う蘭学者や知識人たちに深い衝撃を与えました。

「幕政を案じた誠実な知識人すら罰せられるのか」――

そうした思いが、若き川路や勝らの世代にもじわじわと波及していきます。


その余波は、以下のような形で続いていきます


 項目          内容

 高野長英の逃亡と捕縛  同じく処罰された高野も、のちに逃亡・再捕。失意の死を遂げる(1850年)

 知識人たちの沈黙    多くの学者や蘭学者が筆を折り、政治的発言を避けるようになる

 若い官僚たちの覚悟   川路・勝らは「声ではなく行動や記録で未来に残す」選択をするように


川路聖謨の視点から


今回の物語では、崋山の訃報は川路の耳にも静かに届きました。

彼は声を上げることはしませんでしたが、そのかわりに「記すこと」を選びます。

それは、崋山が失った“言葉の未来”を、形を変えて受け継ぐ行為でもあったのです。


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