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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
3.蛮社の獄
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021A.言葉は火の如く

言葉とは、かくも熱を帯びるものか。

蝋燭の灯が揺れたわけでもないのに、硯の水がぬるく思える。


「御父上は、渡辺崋山の件に関して、どうお考えか?」

昌平坂の友が、ぽつりと尋ねた。


若殿として通う日々にも、噂は避けられない。

“蛮社の獄”――その言葉が帳面の外に、静かに広がっている。


「表向きは、評定所による決断。だが、我が家もその座に連なる以上、傍観者ではおれぬ」


自分の口から出た言葉に、妙な異物感が残った。

誰の口調でもない。だが、心からの声でもない。


「父上、お時間よろしゅうございますか」


夜の膳が済んだあと、正弘は父・阿部正寧の書斎を訪ねた。


「……勝手に口を挟むな、とは申さぬ。だが、火のごときものには近づきすぎるな」

老中の顔ではなく、父親の目でそう言われた。


「崋山殿の『慎機論』、拝見いたしました。あれは……幕府を案ずる故の書と存じます」


「それが分かっても、世はそうは捉えぬ」

正寧の語気は静かだったが、重かった。


「言葉は、火だ。灯せば温めもするが、放てば焼く。――若いおまえは、まだ灯し方を知らぬ」


その夜、正弘はひとり筆を取った。


『記録すべきこと、語るべきこと、沈黙すべきこと。』


書きかけて、筆を止めた。


(では、私は……)


誰かの言葉を拾うべきか。

自分の言葉を探すべきか。

それとも、ただ灯火を見つめるべきか。


火は、ゆらりと揺れていた。



[ちょこっと歴史解説]


▪️蛮社の獄とその時代


1839年――

それは、江戸幕府が外からの不安と内からの迷いに揺れていた時代だった。


前年には、大坂で大塩平八郎の乱が勃発し、民の怒りが爆発した。

海の向こうでは清とイギリスの間で不穏な気配が高まり、

異国船の来航も増えつつあった。


そんな中、幕府内では、言葉や思想そのものが“危険”と見なされる風潮が強まっていた。


この時、町奉行・書物奉行・目付などを兼ねていた**鳥居耀蔵とりいようぞう**は、

思想・出版・学問に関する取り締まりの実権を握り、

密告や私的調査を駆使して、知識人を厳しく監視していた。


そして摘発されたのが、

蘭学者であり洋学的軍事知識を持つ渡辺崋山、

対外関係への洞察を深めていた高野長英らだった。


彼らは、単なる学問や進言を超えて、

幕府の統治に対して意見を述べたというだけで、

「不敬」「体制批判」として裁かれた。


この事件が後に「蛮社の獄」と呼ばれるようになる。


この時期の幕府中枢


当時、老中首座を務めていたのは土井利位。

しかし彼の政権は保守的で、明確な改革路線はなかった。

結果、鳥居耀蔵のような“強い個性”を持った中間層の官僚が独断で動ける空気があった。


老中の一人であった**阿部正寧(正弘の父)**も、

こうした幕政の内部に身を置いていたが、

直接的に是非を問うような記録は残っていない。



蛮社の獄が意味するもの


この事件は、体制への不安が先行し、理ではなく恐れで動く政治の兆候だった。


外の脅威に対して、内なる“異物”を抑え込む――

そんな幕府の姿勢は、この後の開国論争や攘夷論の胎動にもつながっていく。


阿部正弘がこの時期、まだ静かに世を見つめていたとすれば、

この事件はきっと、彼の胸に「問い」を残したに違いない。


言葉とは何か。

異なる意見は排除されるべきなのか。

統制だけで、国を導けるのか。


――その問いは、数年後、老中としての彼の選択に結びついていく。

25/8/1 水野忠邦の記載を削除。

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