幕間 まだ名を持たぬ熱
書物を、
閉じた。
読んでいたのは、
条約そのものではない。
条約について書かれた、
誰かの意見だ。
異国と、
和したという。
戦は、
なかったという。
その事実に、
胸がざわつく。
怒りなのか、
安堵なのか、
自分でも分からない。
ただ、
納得してはいなかった。
(……決めたのは、
誰だ。)
そう思う。
だが、
問いを向ける相手は、
はっきりしない。
幕府か。
老中か。
それとも、
この国そのものか。
言葉にすれば、
すぐに荒れる。
だから、
まだ口には出さない。
同じような思いを抱えた者が、
近くにも、
遠くにも、
いる気がする。
だが、
互いに、
まだ名乗らない。
集まるには、
理由が足りない。
動くには、
形がない。
それでも、
何も変わらなかった、
とは言えなかった。
戦わなかった。
だが、
守られたとも、
言い切れない。
和した。
だが、
誇れもしない。
この宙ぶらりんな感覚が、
胸の奥に、
熱として残る。
それは、
まだ思想ではない。
まだ主張でもない。
ただ、
「このままでは、
いけない気がする」
という、
正体のない違和感だ。
書物を棚に戻し、
外を見る。
空は、
変わらない。
町も、
変わらない。
だが、
自分の中だけが、
少し、
動き始めている。
その熱に、
まだ、
名はない。
だが、
名が付く日が来ることを、
どこかで、
予感していた。




