153KR 戦わなかった理由
戦わなかった。
それは、
逃げた、という言葉で
簡単に片づけられる。
だが、
勝麟太郎は、
その言葉に、
どうしても納得がいかなかった。
机の上には、
これまで集めてきた図と数がある。
砲の口径。
射程。
装填の速さ。
船体の構造。
航行の安定。
一つひとつを、
比べる。
比べれば、
分かる。
(……戦う前に、
勝敗は決まっていた。)
それは、
気合の差ではない。
覚悟の差でもない。
時間の差だ。
積み重ねてきた年数。
失敗を重ね、
改めてきた回数。
それらが、
こちらには、
圧倒的に足りない。
勝は、
攘夷を唱える声を思い浮かべた。
怒りは、
正しい。
恐れも、
間違っていない。
だが、
正しさと恐れは、
砲弾を止めてはくれない。
戦わなかったのは、
臆したからではない。
戦えば、
負けるからだ。
負ければ、
何を失うか。
港。
船。
人。
そして、
学ぶ時間。
それを一度に失えば、
取り戻すことはできない。
勝は、
条約の文言を思い返した。
戦わぬ約束。
それは、
屈服ではない。
時間を買ったのだ。
追いつくための時間。
測り直すための時間。
備えるための時間。
(……足りないのは、
勇気じゃない。)
足りないのは、
年数だ。
勝は、
静かに、
次に何をすべきかを考え始めた。
学ぶこと。
教えること。
繰り返すこと。
戦うためではない。
戦わずに済む距離を、
こちらの手で縮めるために。
それができたとき、
初めて、
戦うかどうかを選べる。
今は、
選ぶ前の段階だ。
戦わなかった理由は、
簡単だ。
まだ、
選べなかった。
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[ちょこっと歴史解説]勝麟太郎と「戦わなかった」という判断
勝海舟(勝麟太郎)は、
幕末期の攘夷論が高まる中で、
比較的早くから
軍事技術の差を具体的に把握していた人物です。
彼は、
•攘夷そのものを否定したわけではなく
•外国への恐れや怒りを軽視したわけでもありません
しかし、
戦うなら、
どの程度の準備が必要か
を数値と構造で考えたとき、
短期間での勝算は存在しない、
という結論に至っていました。
和親条約は、
その意味で
「屈服」ではなく、
戦わないことで、
学び直す時間を得る選択
でした。
153KRで描かれているのは、
勝が条約を正当化する場面ではありません。
「戦う/戦わない」を
初めて、
選択の問題として捉えた瞬間
です。
この視点は後に、
•海軍整備
•人材育成
•外国技術の体系的導入
へとつながっていきます。
和親条約は、
逃げではなく、準備の始まりでした。




