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間話.[ちょこっと歴史解説]和親条約とは何だったのか
嘉永七年(1854年)三月、
幕府はアメリカ合衆国との間で
日米和親条約
を締結しました。
この条約は、
しばしば「開国の始まり」と一括りにされますが、
内容そのものは、非常に限定的なものでした。
■ 条約の主な内容
•下田・箱館(函館)の開港
※通商の自由化ではない
•難破船・漂流民の救助
•両国の平和的関係の確認
関税や自由貿易については、
この条約には含まれていません。
つまり和親条約は、
「商売を始める約束」ではなく、
「戦争をしない約束」
でした。
■ 幕府側の認識
当時の幕府にとって、
この条約は理想的な選択ではありません。
•軍事力は不足している
•財政も逼迫している
•技術的な差も大きい
その中で、
「戦って排除する」という選択肢が、
現実的に成立しない
という判断が、
最終的に形を取ったのが和親条約でした。
■ なぜ批判を招いたのか
条約締結後、
攘夷を唱える声は弱まるどころか、
むしろ強まっていきます。
それは、
•条約が国論をまとめた結果ではなく
•割れたままの状態で結ばれた
からでした。
和親条約は、
混乱を終わらせる出来事ではなく、
次の対立を生む出発点でもあったのです。
■ 物語の中での位置づけ
この章で描いている和親条約は、
•勝利でも
•敗北でもなく
避けられぬ現実を、
公式な形で引き受けた出来事
として位置づけられています。




