150I 均しの外で
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。m(_ _)m
静かだった。
それが、
井伊直弼にとっては、
かえって重かった。
評定所が荒れていない。
声は高いが、
刃になっていない。
それは、
誰かが均している証だ。
(……まだ、保たれている。)
直弼は、
その事実を、
否定も肯定もせずに受け止めた。
阿部正弘のやり方は、
分かっている。
声を集め、
並べ、
割れぬように保つ。
それは、
今この時点では、
最も正しい。
だが、
正しさが続く時間には、
限りがある。
均しが効いているということは、
均しが必要なほど、
熱が溜まっているということだ。
直弼は、
机の端に置かれた書付に、
一瞬だけ目を落とした。
そこには、
決断の言葉はない。
だが、
決断が前提となった書きぶりが、
すでに滲んでいる。
(……来るな。)
そう願うことは、
できた。
だが、
願って止まるものではないと、
直弼は知っている。
均しの内側にいる者は、
決断を先に置かない。
だが、
均しの外側に立つ者は、
決断の後を引き受ける。
それは、
誉でも、
望みでもない。
ただ、
役割だ。
直弼は、
深く息を吸い、
ゆっくりと吐いた。
まだ、動かぬ。
今ではない。
だが、
均しが破れたとき、
誰かが、
その破れを引き受けねばならない。
その「誰か」に、
自分の名が挙がる可能性を、
直弼は、
もう否定できなかった。
(……均しの外で、待つ。)
動かず、
語らず、
だが、
逃げない。
均しが終わったあと、
場に残るものを、
拾い上げるために。
直弼は、
その位置に、
静かに立った。
まだ、
誰にも見えぬ場所で。
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[ちょこっと歴史解説]井伊直弼と「決断を引き受ける立場」
井伊直弼は、
嘉永七年当時、
まだ幕政の中心人物ではありませんでした。
しかし彼は、
•合議や調整が機能しなくなった後
•すでに割れてしまった場を前提に
決断を下す役割を、
後に引き受けることになります。
150Iで描かれているのは、
その決断そのものではありません。
「均しが終わったあと、
誰かが前に出る必要がある」
その事実を、
自分の役割として理解してしまう瞬間
です。
阿部正弘の政治が、
場を壊さぬよう最後まで均し続けたからこそ、
その後に訪れる決断は、
激情ではなく、冷たい選択として行われました。
井伊直弼は、
その冷たさを引き受ける立場に、
徐々に近づいていきます。
今話は、
その第一歩を、
誰にも見えない場所で踏み出した回です。




