148KR 届かなかった距離
距離は、
縮めようとして縮まるものばかりではない。
勝麟太郎は、
机の上に広げた図を、
しばらく無言で見つめていた。
砲の射程。
船体の大きさ。
速さ。
人数。
一つひとつを比べれば、
理解できる。
理解できるが、
埋まらない。
(……努力が足りないわけじゃない。)
そう言い聞かせる必要があるほど、
勝は、数字を見慣れていた。
学べば、近づく。
真似れば、追いつく。
工夫すれば、補える。
これまで、
そう信じてきた。
だが、
今、目の前にある差は、
そういう種類のものではない。
船の数を増やせば、
砲を増やせば、
人を集めれば――
確かに、
形だけは近づく。
だが、
時間が違う。
積み重ねてきた年数が、
そもそも違う。
(……これは、勝ち負け以前の話だ。)
勝は、
ふっと息を吐いた。
攘夷を唱える声が、
届いていないわけではない。
分かる。
悔しさも、
怒りも。
だが、
悔しいからといって、
距離が消えるわけではない。
技は、
願いに応えてくれない。
必要なのは、
怒りではなく、
理解だ。
勝は、
図を畳んだ。
戦えばどうなるか。
勝てば、何が残るか。
負ければ、何が失われるか。
それらを、
感情抜きで並べてみる。
そして、
もう一つ、
見たくなかった問いに向き合う。
――勝てる準備は、
いつ整うのか。
答えは、
すぐに出た。
(……今ではない。)
今でない以上、
今、戦う理由はない。
それは、
逃げではなかった。
勝は、
はっきりとそう思った。
これは、
先延ばしだ。
追いつくための、
時間を選ぶということだ。
届かなかったのは、
気合でも、
覚悟でもない。
時間だ。
勝は、
静かに、
次に何を学ぶべきかを考え始めた。
戦うためではない。
戦わずに済む距離を、
正確に測るために。
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[ちょこっと歴史解説]勝麟太郎と「距離」の認識
勝海舟(勝麟太郎)は、
幕末の攘夷論が高まる中で、
比較的早い段階から
軍事技術の「差」を冷静に見ていた人物です。
彼は、
外国勢力に対する恐れや憤りを
否定したわけではありません。
しかし、
•砲術
•航海術
•造船技術
•運用経験
といった要素を具体的に比較したとき、
日本が短期間で追いつける段階ではないことを
はっきり理解していました。
この認識は、
「戦うべきでない」という思想から出たものではなく、
戦うなら、
いつ・何を・どれだけ整える必要があるか
を測った結果でした。
ここで描かれているのは、
勝が攘夷の是非を論じる以前に、
•技術の差
•積み重ねた時間の差
という、
感情では動かせない距離を受け入れる過程です。
この視点があったからこそ、
彼は後に、
•海軍の整備
•人材育成
•外国技術の体系的導入
へと進んでいくことになります。
そしてこの「距離」の認識は、
嘉永七年三月の
日米和親条約
を受け止める際の、
重要な下地ともなりました。




