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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
2章.暮らし
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(幕間)誰のものでもない日記

今日は、雪が降った。

 積もるほどではないが、軒の瓦がうっすら白くなる程度には、空気が冷えていた。


 私は、墨をすりながら、それを静かに見ていた。


 この国は、美しい。

 だが同時に、脆い。


 私は、そう感じる。

 この目で見てきたこの国は、どこか──どこか、時が止まっているように見えるのだ。



 朝の勤めを終えたあと、寺の縁側で筆を持った。

 筆先を紙の上に置きながら、結局、今日も日記は三行で終わった。


雪  墨濃し  風にて凍る


 これが、今の私の気持ちのすべてだった。

 ただ、冷えている。

 ただ、言葉を吐けば、霧になって消えていく。



 周囲は、私を「静かな者」だと思っている。

 書を読み、花をいけ、茶をたて、黙して語らず──そうした者だと。


 だが、本当の私を、彼らは知らない。


 私は──叫んでいる。

 この世界の理不尽と、偽りの平和と、変わらぬ制度に。

 口をつぐんでいるのは、沈黙が最も効く場を、私は心得ているからだ。



 この世界に来て、どれほど経ったか。

 生ま変わったのは幼い頃だった。現代の記憶も、半ばは霞みかけている。

 だが、名だけは忘れていない。


 この時代に、何をなすか。

 それを決めるには、まだ材料が足りない。

 けれど、静かに──確かに──機は熟しつつある。



 ふと、書棚の奥にあった一冊の漢籍が開きっぱなしになっていた。

 そこには、こう書かれていた。


「静以修身、倹以養徳」


 静かにして己を修め、倹しくして徳を養う。

 ……そうか。私は、まだ“修めている”段階なのだ。


 雪はいつか、溶ける。

 その時に、芽吹けるかどうかは、自分次第。



 私は筆を置いた。

 今日もまた、語らない。


 この声が必要とされる、その時まで。


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