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JK老中、幕末って美味しいいんですか?  作者: AZtoM183
2章.暮らし
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014KR.蘭学塾って、学費高くね?

「三両」


その一言で、口の中の麦飯が詰まった。


「えっ、さんりょうって……あの、金の、ですか?」


「そうだ。月謝だよ。字も蘭語も教える塾となれば、当然そのくらいはかかるさ。いまどき寺子屋じゃあるまいし」


 塾頭の男が、涼しい顔でそう言った。

 俺は、咳き込みながら、水がわりのぬるい煎茶をあおる。


 三両って、いくらよ。

 いや、体感だと──牛丼150杯分くらい。


 そんな感覚のまま、俺は畳の上で硬直していた。



時は少し戻って、その朝。

いつも通り、焦げた干物と沢庵と麦飯の三点セット。


「なあ、お母さん、蘭学塾のことなんだけど」


「……まだ言ってるの? そんなにお金かかるんじゃ、うちじゃ無理だよ。

 そもそも、オランダ語なんてどこで使うのさ?」


 ごもっともな意見だが、それがこの時代の“最先端”なのだ。


「えっと、ほら、将来グローバルな……あ、いや、異国とやり取りができる役人とかさ」


「ぐろー……なんて?また兄さんの変な言葉が出た」


妹が首をかしげながら、沢庵をかじる。


「“グローバル”ってのは……世界に羽ばたくって意味で……いや、まあ、つまり偉くなれるってこと」


「最初からそう言えばいいのに」

妹の口調は冷ややかだが、俺の中では火がついていた。



そして塾。

なんとか頼み込んで、箕作阮甫の塾に顔を出す許可をもらった。


「読むがいい」

塾頭が差し出したのは、古びた洋書と辞書。それを机に広げると、見たことのない文字列が目に飛び込んでくる。


de mensch is vrij geboren


「……で、めんす……?」


「“人は自由に生まれる”とでも訳すかな」

塾頭が横から呟いた。


俺は、その言葉に電気が走ったような衝撃を受けた。


人は自由に生まれる──

でも、この江戸の貧乏暮らしに自由なんてあるか?


いや、あるかもしれない。

この文字の先に、“なにか”がある気がする。



その帰り道。

塾の前で帳面にこっそりメモを取っていると、見知らぬ男に声をかけられた。


「お前、それ……字、読めるのか?」


「うん。まあちょっとは。書き取りしてるだけ」


「へぇ、学があるのか。見たとこ、身なりは良くねえが……」


 ──ああ、そうか。

 俺は**“貧乏旗本”=微妙な中間層**ってやつなんだ。


 武士だから身分はある。でも金がないから、町人からも「貧乏くさい」と見られる。


「……人は自由に生まれる、って言葉があったんだ」

俺はポツリとつぶやいた。


「ほう。そいつは……気持ちのいい言葉だな」

見知らぬ男はそう言って、笑って去っていった。



夜。家に帰ると、机の上に干したての洗い張りの反物が置いてあった。


「筆写の仕事、増えたらしいよ」

母がぽつりとつぶやく。


「ほんと? やった……いや、いやっしゃ!」


「その“やった”って何?……ま、元気ならいいけど」


妹の顔は呆れ顔。でも、心なしか口元がゆるんでいた。



明日もまた、字を書く。目をこらす。

その先に何があるかわからないけど──


“この世界で自由を手に入れる”

そのために、まずは一文字ずつ進むのだ。



[ちょこっと歴史解説]


▪️江戸の学びと塾って?


江戸時代にも“私塾”と呼ばれる学び舎がたくさんありました。

今回登場した「箕作阮甫みつくり・げんぽ」は実在の人物で、蘭学(オランダ語で学ぶ西洋学問)の先駆者のひとりです。


学費の相場

•寺子屋なら無料〜米一升程度

•しかし蘭学塾や医学塾は高額(数両〜十数両/年)


オランダ語の重要性

•黒船来航の前後、西洋の情報はほぼオランダ語資料から得ていた

•「世界を知りたければ、蘭学を学べ」が常識だった時代


貧しくても、知識を武器にする者たちがいた──勝麟太郎も、まさにその一人です。

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