013KR.勝家、台所事情ヤバいってよ
朝。湯気も立たない麦飯が、木の器によそわれた。
その横には、色褪せた沢庵が三切れ。そして、干物……だと思って口に入れたら、ただの焦げた魚の皮だった。
「……え、これが朝ごはん?」
思わず口から出たひとりごとに、隣で妹が眉をひそめた。
「また、わけのわかんないこと言って……。兄さん、最近ちょっと変だよ」
──いや、こっちはまだ高校の購買のパンの記憶が残ってるんだよ。
俺の名前は勝義邦。前の世界では、ただの高校二年だった。
修学旅行中に事故って、気がついたら江戸時代。しかも貧乏旗本の家の長男、勝麟太郎として目を覚ました。
転生してからもう、二年とちょっと。
チートスキルもなけりゃ、スマホもない。あるのは、質素という名の“生存戦略”。
妹と母がせっせと薪で味噌汁を炊く間、俺はちゃぶ台に座って、冷えた麦飯を口に運ぶ。
……味がしない。いや、舌が贅沢なだけか?たぶん、どっちもだな。
最初の頃は「マジで無理」と絶望した。
けど、不思議と人間は慣れる。いや、慣れざるを得ない。
ただ──
「お兄ちゃん、また紙に何か書いてるの?」
「うん、日記というか……メモ? 今日の干物の種類とか」
「め、も……? なにその言葉。え、味の感想書いてるの?変なの」
──しまった、またうっかり出た。“メモ”はこの時代じゃ通じないんだった。
食べながら、俺は古紙を綴った帳面に走り書きしていた。
日々の食費、周辺の物価、家計簿の真似事、そして──
この世界でどう生きるかという、孤独な作戦会議。
実は俺、前の世界では食べるのがめっちゃ好きだった。
SNSにランチ写真を載せて、#カツ丼巡り でバズったこともある。
──それが今、焦げた魚皮を噛みながら「歯ごたえ★★★☆☆」とか書いてるの、泣ける。
でも、江戸の味にも捨てたもんじゃない部分はある。
赤味噌の風味はなかなか強くて好きだし、沢庵の酸味は癖になる。
なにより、飢えた胃袋にはすべてが美味に感じる魔法がある。
箸を置くと、母がぽつりとつぶやいた。
「麟太郎、お前……本当に塾なんて通えるのかい。うちに余裕はないよ」
その言葉が、胸に刺さる。
通いたいのは蘭学塾。学費は、今のうちにとっては目玉が飛び出る額。
でも学ばなきゃ、この時代で“上”には行けない。
なにせ俺は勝海舟だ。いずれ黒船が来る未来を知ってるのは俺だけだ。
「大丈夫。夜にバイト入れてるから、昼は時間空いてるし」
「ばいと? 誰? 人の名前?」
妹が怪訝な顔をする。俺は軽く手を振った。
「いや、その……写本の手伝いってこと。筆で書くやつな、地味に肩こるけど……」
器を片づけ、竹のペン箱を懐に入れる。
木簡と墨。前世のiPadより数段重たいけど、それでも俺にとっては“武器”だ。
──朝飯の満腹度は★☆☆☆☆。でも、やる気は満点。
今日も、幕末で生き抜く勝負が始まる。
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[ちょこっと歴史解説]
貧乏旗本って、実際どれくらい貧乏だったの?
今回の話に出てきたように、勝海舟(麟太郎)の家は「旗本」という武士の家柄ながら、実はめちゃくちゃ貧しかったことで知られています。
◾旗本とは?
江戸幕府に直接仕える武士階級。将軍に謁見できる「御目見得」以上の身分です。が、必ずしもお金持ちとは限りません。
◾勝家のリアルな経済事情
•勝家の石高は百石(年収にすると約10万円〜15万円ほどの感覚)
•武士なので、土地や職業の自由がなく、副業も原則NG
•武具や衣服、礼儀作法にかかる出費はあるが、収入は変わらず
•住んでいたのは、借家の長屋。庭なし、風呂なし、畳はボロボロ
•父・勝小吉は気性が荒く、酒好きで浪費癖あり。これも家計を圧迫
•麟太郎(勝海舟)は雑巾を売って小遣い稼ぎをしていたという記録も
◾じゃあなぜ旗本になったの?
江戸時代後期になると、武士の世界でも**「名家なのに貧乏」**という矛盾が生まれていました。勝家は代々幕府に仕える家だったため、没落しても身分だけは残っていた、という形です。
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次回から、投稿時間を早朝に切り替えます。次は、6時間後です。




