プロローグ 伏見稲荷、四人の願い
朱の鳥居の連なる坂道を登りながら、美月はふと立ち止まった。
「ねえ、あんたたち、お願い事ってした?」
振り返った彼女に続いていたのは、修学旅行の班メンバー――
白井蓮、椎名ひかり、黒田悠真。
それぞれが制服にカバン、疲れた顔。だけど、口元はどこか楽しそうだった。
「お願い? したけど、まあテキトーに」
ひかりが笑う。
「私は“世界平和”って書いたよ。神様にもわかるようにカタカナで」
「嘘つけ。絶対“いい人と付き合えますように”だろ」
蓮が苦笑し、悠真は無言で空を見上げていた。
「私はね……」
「“歴史に残るような人生、ちょっとやってみたいな”って」
言った瞬間、背後でカラスが鳴いた。
風が、急に冷たくなる。
「……なんか、それ、フラグ立ってね?」
ひかりの軽口に、美月は笑ってみせた。
⸻
下山の途中、事故は突然起きた。
斜面の土が崩れ、踏みしめた石畳が崩落。
手すりごと、四人の体が斜め下に――
落ちていった。
⸻
目を覚ましたのは、美月が一番早かった。
(……ここ、どこ?)
天井は木で、匂いが古い。
視界の隅に、着物の裾が見える。
「阿部様、お気がつきになられましたか」
誰かが言った。
男の人の声ではない。でも丁寧で、距離のある声。
「……あべ?」
その名前に、美月の記憶が小さく反応する。
(なんか……聞いたことあるような、ないような)
「皆様、お連れ様も、それぞれ無事に……」
(え? 他のみんなも?)
美月は、胸のざわつきを押さえながら――
ゆっくりと体を起こした。