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魔学再生  作者: 寺花 虎
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プロローグ 

 『世界を変える魔法使いは、時間や空間、生や死、太陽や大地、宇宙の形や毎朝振るう剣の間合いでさえも疑える人間である』


 今や世界で最も有名な魔法使いの一人、アレックス・ロースターの『アレックス魔法攻防 基礎』を読みながら、一人の(わらべ)が列車に揺られていた。


「ふん、、、」


 その見た目は、少年とも少女とも判別のつかないほど幼く見える。

 純白の道袍は幾重にも重なり、車両の揺れに合わせて静かに揺れている。内衣は落ち着いた藍色。緻密な刺繍が施され、細やかな文様が袖口から裾へと続く。


 その様はまるで偉大な武術家にでもあこがれた児童のようだ。


 しかし、顔や背の小ささとは裏腹に、その姿には圧倒的な風格があった。


「それにしても、人というのはやはりわからないものよ。

 あれだけ熱を入れておった技術を放り捨て、御伽噺(おとぎばなし)と揶揄しておった()()()()()()をこうも簡単に受け入れてしまうのだからな」


 童は読んでいた本から目を離すと、古びた車窓から外の景色を眺めた。

見つめる表情はどこか憂いを帯びているようにも取れた。


「努力も訓練もなく、ただ願えば炎が灯り、土は従い、空は低くなる。

 じゃが御伽噺とは違って、その奇跡が与えられたのは、聖人や賢者だけではなかったようじゃ」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「魔法」

 宇宙の彼方から飛来した元素「マナ」が関わる現象の総称。

 人の感情や内面に呼応して、その現象形態は多岐にわたる。


 宇宙が「マナ」で溢れてから半世紀。

 世界が「魔法」に満ちて四半世紀。

 そして人々が「魔法」の存在を認めてから十年以上が経った。

 しかし、世間はいまだに科学技術に依存している。

「残されたものを使っている」と表現するほうが正しいのかもしれない。


 なぜなら、科学そのものの発展はすでに停滞し、新たな技術革新はほとんど生まれていなかったからだ。

 そして同時に「魔法」でさえも。人々は未だにその能力(ちから)を扱いきれずにいる。



 人類の目の前に突如として現れた「魔法」は、人間に意図も容易く異常な能力を与えていった。

それを扱えるものは、どこででも「科学」の代替となる現象を、その想いのままに再現することができた。

 当然、それ以上のことすらも。


 科学が数百年かけて発展させてきた技術を、魔法はたった数秒で再現し、そしてそれを遥かに凌駕していった。


 そんな能力(ちから)を、世に蔓延る権力者たちは見逃がすはずもなかった。

 産業、医療、教育、政治、法律、経済、軍事、宗教、通信、物流、農業、エネルギー、福祉、メディア、インフラ、環境活動、芸術、娯楽、、、。

 魔法はありとあらゆる分野の均衡を崩していった。


 しかし、その恩恵が人々に還元されることはない。

「魔法」の研究は碌に行われず、その本質も、体系的な応用方法も、完全には解明されていない中、そんなことができるはずもなかった。


 ごく一部の魔法使いが個人の技量によって奇跡的な現象を引き起こすことはあっても、それを大衆の生活に還元する手段は未だ確立されずにいる。

 人々は魔法を持ちながらも、旧来の科学技術に頼り続けていた。


 まさに過渡期。

 魔法と科学の狭間で揺れる歪な時代が、しばらくの間続いていった。


 そしてさらに人々を苦しませたのは、その能力(ちから)を利用する新興勢力の登場でった。

「魔法」による武力行使を謳うその集団たちは、科学を基盤とした技術では制御できず、世界各地で国が制御できないほどに膨れ上がった。


 原因不明の災害や科学では説明のつかない事件の数々は、世界を一時混乱に陥れていく。

 科学によって築かれ、支えられてきた秩序は、魔法の登場によって崩壊を余儀なくされた。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 人も生き物もすっかり寄り付かない荒れ果てた町並みを眺めながら、その童は再びつぶやいた。

「簡単に手にすることができた力とは、容易く振るわれ、容易く破滅を招く。

 わしらとは違っての。

 節操のないことじゃよ全く。大体、、、!」


 童は言葉をつなげていくにつれ、言葉には熱が帯びていく。

「大体!何度も言うが力とは本来、積み上げるものじゃろうが!血を流し、汗を垂らし、ようやく手にできるからこそ、重みがあるんじゃ。それを、こやつらは何じゃ、ただ指を動かしただけで炎を生み、土を操り、空を割る。何の責任も感じず、何の敬意も払わず、ただ気まぐれに振るう。こんな無様なことがあるか!」

 老人のような嘆きと憤りを滲ませながら、童は拳を握りしめた。


「わしらの時代にはな、力を持つことは即ち、それを制することと同義じゃった。だが今はどうじゃ?持つだけの者が増えすぎて、肝心の『制する者』がどこにもおらんではないか!」

 ふう、と荒い息をつき、童は肩を落とす。

「、、、いかんの、またこの調子じゃ」


 ため息をつく童は再び視線を手元の本に戻し始めた。

 そんな疲れた様子の童を前にようやく口を開いたのは、列車の通路に立った大男だった。

「師が扱うものとは似ても似つきません」


 その童を師と仰ぐその大男は、車両の天井に頭の頂点が付こうかというほどの巨躯だ。

 漆黒の単打を身につけ、中に鋼の軸を差し込んでいるのかと疑いたくなるほどに、その姿勢は正されている。


「ふふ、ありがとう」

 おだてているのか、本心なのか、表情をピクリとも動かさずに淡々と述べる彼の様子に少し笑みがこぼれる。

「じゃが、此奴らはそうは思っておらん」

「、、、。」


 かつて、人間が「科学」に侵される前、彼らの扱う秘術は重宝されていた。

 確実に傷を癒やす薬、鉄をも凌ぐ鋼の肉体、天気や時代、その先を視る力。

 機械や電気などなくとも時代は実に豊かだった。


 しかし、時代が「科学」によって豊かされるにつれ、その伝承は途切れていき、原理に当てはまらない彼らの秘術(わざ)をみた人々は、その者たちを高山の奥底に追い込んだ。

何より、利益をもとめない彼らの精神性は、経済の中心に位置する権力者からは疎まれ淘汰されていった。


「それになにせ、此奴らを救ったのは儂らではなく、この「魔法」なんじゃからの」



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「魔法」によってすべてが壊れていく様を、誰もが想像した。

 だが、皮肉にも――その世界を救ったのもまた、「魔法」だった。


 混迷を極める世界の中で、ある魔法使いたちの集団が立ち上がった。

 彼らは突如として、混沌とした時代に姿を現し世界を変えていった。

 ある者は防衛の要として国家を支え、ある者は未知の脅威を討ち取った。

 またある者は医療魔法によって数多くの人々を救った。


 ほかにも、その集団は魔法を社会の一部に溶け込ませ、

 建築、インフラ、物流、農産業など、さまざまな分野で目まぐるしい回復を遂げさせた。


 後に歴史的に語られる彼らの活躍は、魔法をただの「異質な力」ではなく、「人類にとって不可欠な技術」として人々にそう認識させるに至った。


「魔法」は確かに存在し、人間の手によって操ることができる今までの「科学」を超える力だ。

 平穏を取り戻した世界は次に、「魔法」という未知の領域へと踏み出した。

 それがどのような法則に従って発現し、どのようなメカニズムで作用しているのか、これを解き明かさなくては次なる繁栄はない。


「魔法」を体系化しなくては、、、


 こうした状況の中、魔法を体系的に学ぶための場としてある研究機関が設立された。


 ノークティック魔法学園


 ここでは、魔法の実践だけでなく、その理論的な研究も進められており、科学と魔法を統合するための試みが行われていた。

 そして同時に、その試みを推し進めるための「魔法使い」を育成する機関として学園としての役割も担っていた。


 魔法を単なる「才能」ではなく、「学問」として確立するため、魔法の基礎知識から制御方法、応用技術に至るまで、ここで学ぶ者たちは、魔法をより実用的なものへと昇華するために日々研鑽を積んでいる。


 知識も歴史も、技術も才能も、そして人々の期待でさえも、

 文字通り世界のすべてがこの学園に集中していた。


 そして「魔法」は今、人類を再生する新たな「科学」へとなろうとしていた。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「かつて儂らを僻地に送り込んだ「科学」は「魔法」へと姿を変えた。

 本当にわからんものじゃよ、人間とはの、、、。」


 童の口元が微かに歪む。

 童は弟子の顔を見上げると、まるで何かを試すような眼差しで問いかけた。

「曰く、『魔法』とは感情に根ざし、自らと世界に満ちる『マナ』を糧として、人間に宿る力を顕現させるもの。

 ……さて、この理、"アレ"に似ているとは思わんか?」


「仙術ですね」

「魔術、占星術、呪術、妖術、錬金術、、、。わしらのほかにも世界からは否定された(すべ)が多くあるようじゃ。」


 かつての歴史を顧みながら、視線を本に戻し、(ページ)をめくりながら言葉を続ける。


「どれもこれも、かつては人が求め、磨き、受け継いできた技よ。

 しかし価値が移ろえば、それまで信じられてきたものも、一夜にして迷信とされ、異端とされ、ついには消え去った。」

 師は続ける。


「じゃが、否定されたからといって、それが無に帰したわけではない。

 忘れられた術は、ただ静かに身を潜め、時を待つ。

 ……そして今、『魔法』というものがこの世に根付いたなら、あるいは——」

 その表情はどこか楽しげなものへと変わっていく。

「消えたと思われた術たちも、再び日の目を見るやもしれんな。」 


 珍しく嬉しそうな師匠の様子を眺めながら、弟子は少し眉をひそめるように(それでも顔は動かない)師に問いかけた。

「その時はその術はどのような形をとるのでしょうか。

 やはり「魔法」に、、、?」


 心配そうな、心配していなそうな弟子を導くように、童は言葉を返した。


「いずれにせよ――この先に行けば、嫌でも分かることとなるじゃろうて。」

 表情は楽しげなまま変わらない、しかしその声には複雑な心境が読み取れるような気がして、弟子は返す言葉を失った。


 まさか師がぽっと出の「(すべ)」に遅れを取ろうはずもない、「科学」はそれをなし得ず、何より師はもはや人の域を超えているのだから。



「それにしても心配なのは、儂のことじゃ…。

 また、あの時ように仲間外れにされぬと良いが…。今度は向こうさんも強いからのぉ。かくなる上はわしもやり合わなければならんのかのぉ?」


 童は何やらうかない顔を浮かべる(ように見えた)弟子を見みると、ふざけたような口調で、話題を変えた。

「、、、師よ。」


 それを受け、弟子は初めて表情を変えながら新たに言葉を発した。


「面白い冗談ですね。はっ!はっ!はっ!腹がねじれるかと思いましたよ!」

 もはや顔だけにとどまらず、明らかにぎこちない動きで両手を腹に抱え、芋虫のように身をよじりながら突然笑い始めた。



 童は内心後悔していた。彼が求めた仙術とかだけではなく、もっと人との関わり方とかまともな情緒なんかも教えておけばよかったと。

(向こうに行ったらそういうことも考えなくてはの…。)


「やめいやめい、、、!もうわかった、儂が悪かった。

 お主はこれまでのお主でよい、、、。」

 何やら未だに言葉を続けようとしている弟子を制止しながら、童はやはりこの先のことを憂うのであった。


「お主、向こうで上手くやって行けるのか…?心配じゃ…。」

「む…。」


 陸地の上を走っていた列車は港を越え、海へと出た。

「それにしても、なぜ列車なのですか。師ならば空を渡ることくらい」

「決まっておる。」


 童はいたずらっ子のような、悪い笑みを浮かべる。

 かつて図書の館でみかけた本の内容を思い浮かべながら海を眺めて言う。

「これから行く場所は「魔法」の場なのじゃから、それ相応の登場をせねばの?」



 列車が向かう先はノークティック魔法学園。


 世界で唯一(ただひとつ)の、「魔法」を学び、探求する学園。

 その記念すべき最初の入学式(セレモニー)へと向かっていた。


読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただけたのなら幸いです。


次回投稿は3月7日を予定しております。

またお時間があるときに読んでいただけたらなお幸いです。

(ブックマーク、☆☆☆☆☆評価などよろしくお願います)

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