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第5章「銭湯で出会った温かな眼差し」

 月曜の夜、いつもの商店街の銭湯に二人で向かう。毎週二回は必ずこの銭湯に通うと二人は決めていた。

 最近はお腹が少しずつ目立ち始め、人目が気になりだした頃。でも、この銭湯は常連として知られているせいか、周りの視線も優しい。


「あれ? 遥ちゃん、背中、少し丸くなってない?」


 真奈は遥の背中を流しながら、その変化に気づいた。指先が触れる度に、遥の柔らかな肌が少し震える。


「え? そう? でも、真奈ちゃんだって、お腹周りだけじゃなくて、腰のラインも変わってきてるよ?」


 遥は後ろを振り返り、真奈の体をじっと見つめた。産婦人科で教えられた通り、二人とも少しずつ体型が変化してきている。その変化に戸惑いながらも、どこか愛おしさを感じていた。


「んっ……」


 遥が真奈の背中を優しく洗うと、真奈は小さく声を漏らした。


「くすぐったい?」


「ううん、気持ちいい……遥ちゃんの手、いつも優しいから」


 真奈の白い肌が湯気で少し赤くなっている。遥は思わずその肩に顔を寄せた。


「もう、遥ちゃん! ここ、ほかにも人がいるんだよ?」


「だって、真奈ちゃんが可愛いんだもん」


 二人は小さく笑い合う。湯船に浸かりながら、遥は真奈の横顔を見つめていた。長いまつげが湯気で潤んで、いつも以上に綺麗に見える。


 やがて常連客たちが二人に気付きはじめた。

 最近大きくなってきた二人のお腹は、周囲の目にも明らかだった。


「まぁ、お二人とも妊娠されてたの?」


 いつも受付で見かける中年の女性が、優しく声をかけてきた。


「はい……」


 真奈が少し照れながら答えると、周りから次々と声が上がる。


「おめでとう! いつからなの?」


「もう、こんなにお腹が大きくなって……」


「二人とも同じ時期なのね? 素敵だわ」


 温かな湯気の中で、祝福の言葉が優しく響く。遥は真奈の手をそっと握り、その温もりに安心感を覚えた。


 やがて脱衣所から老婦人がゆっくりと入ってきた。地域では「ミチばあちゃん」と呼ばれ、誰からも慕われている存在だった。


「あら、遥ちゃん、真奈ちゃん……」


 ミチばあちゃんは二人を見つけると、柔らかな笑顔を浮かべた。その皺の刻まれた表情には、深い慈愛が滲んでいた。


「ミチばあちゃん、こんばんは」


 真奈が挨拶すると、ミチばあちゃんは湯船に入りながらゆっくりと近づいてきた。


「お二人とも、ママになるのね」


 その静かな声に、遥と真奈は思わず目を潤ませた。ミチばあちゃんは、いつも二人のことを温かく見守ってくれていた。


「おばあちゃん、私たち……」


「知ってるよ。あなたたちの愛する気持ちも、新しい命を育む喜びも」


 ミチばあちゃんはそう言いながら、そっと二人のお腹に手を置いた。その手は小さく皺だらけだったけれど、確かな温もりを伝えてくれる。


「この子たちは、きっと素晴らしい環境で育つわ。だって、こんなに愛情深いお母さんたちが二人もいるんだもの」


 その言葉に、遥は思わず涙を零した。真奈も同じように目を潤ませ、ミチばあちゃんの手に自分の手を重ねた。


「ばあちゃん……ありがとうございます」


「私からのお祝いよ。安産祈願のつもりで……」


 ミチばあちゃんは、二人のお腹を優しく撫で続けた。その仕草には、長年の人生で培った愛情と知恵が込められているようだった。


「この湯は、昔から安産の湯として知られているのよ。私も、娘も、孫も、みんなここで体を清めて、無事に出産できたわ」


 その言葉に、周りの女性たちも静かに頷く。古くからの言い伝えと、世代を超えた女性たちの祈りが、この空間には満ちていた。


「お二人とも、これからお産まで大変でしょうけど、私たちがついているからね」


 ミチばあちゃんの言葉に、他の常連客たちも声を合わせた。


「そうよ、何かあったらいつでも言ってね」


「お手伝いできることがあったら、遠慮なく」


 湯気の向こうで、たくさんの優しい笑顔が見えた。遥と真奈は互いの手を強く握り合い、この温かな祝福の時間を心に刻んでいった。



 入浴を終えて脱衣所に戻ると、今度は服のサイズの問題が待っていた。


「あれ……?」


 遥がブラウスのボタンを留めようとして、少し戸惑う声を上げた。


「どうしたの?」


「なんか、ここのところがきつくなってる……」


 胸の辺りのボタンが、いつもより明らかにきつい。真奈は自分の服を着ながら、遥の様子を見守っている。


「私も最近、制服のスカートのウエストがきつくて……妊婦服、そろそろ考えないとかもね」


 真奈がそう言うと、遥は少し寂しそうな表情を浮かべた。


「今まで着てた服、しばらく着られなくなっちゃうんだ……」


 その言葉に、真奈はすぐに遥の隣に寄り添った。


「でも、新しい服を選ぶの、楽しみでもあるよね? 二人で探しに行こう?」


 真奈の明るい声に、遥の表情も少しずつ和らぐ。


「うん、そうだね。真奈ちゃんと一緒なら、楽しみかも」


 帰り道、二人は手を繋ぎながら歩いていた。夜風が心地よく頬を撫でていく。


「ねぇ、真奈ちゃん」


「なに?」


「私たちの体、これからもっと変わっていくんだよね」


 遥の声には少しの不安が混ざっていた。真奈はその手をぎゅっと握り直す。


「うん、でも、それは赤ちゃんたちが大きくなってる証拠だよ。それに……」


 真奈は少し照れくさそうに言葉を続けた。


「遥ちゃんは、どんな体型になっても可愛いと思う」


「もう! 真奈ちゃんったら……」


 遥は頬を赤らめながら、真奈の腕にしがみついた。街灯の明かりが、二人の幸せな表情を優しく照らしている。


 家に帰ると、二人は並んで鏡の前に立った。お互いの体の変化を、あらためてじっくりと見つめ合う。


「私たち、少しずつ母親になっていくんだね」


 真奈の言葉に、遥は静かに頷いた。変化していく体への戸惑いは、確かにある。でも、その変化が新しい命を育んでいるという事実が、二人の心を温かく満たしていた。


 その夜、二人は寄り添いながら眠りについた。明日からはまた新しい変化が始まるかもしれない。けれど、二人で一緒に歩んでいける。そう確信できる夜だった。


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