第15章「マタニティライフ、倍になった喜び」
じめじめとした梅雨の午後、遥と真奈は古いアルバムを広げていた。窓を叩く雨音が心地よく響き、二人は大きくなったお腹を抱えながら、ソファに寄り添って座っている。
「あ、これ私が小学校の時の運動会の写真!」
遥が指さした写真には、短い髪で笑顔いっぱいの少女が写っていた。真奈は写真を覗き込み、思わず頬が緩む。
「遥ちゃん、小さい頃から可愛いね! この笑顔、今と同じだよ」
「もう、恥ずかしいよ……」
遥が顔を赤らめながら言うと、真奈は遥の頬をそっと指でつついた。遥の柔らかな頬に触れる感触が心地よくて、つい何度も触れてしまう。
「真奈ちゃんったら、意地悪!」
「だって、遥ちゃんの反応が可愛いんだもん」
真奈の素直な言葉に、遥は更に頬を染める。真奈の長いまつげが優しく揺れるのを見て、遥の胸が少し高鳴った。
「ねぇ、私たちが出会った時のこと、覚えてる?」
真奈の問いかけに、遥は目を輝かせた。
「もちろん! 大学の音楽サークルでしょ? 真奈ちゃんがピアノを弾いてて、私、その姿に見とれちゃって……」
「そうだったね。遥ちゃんがバイオリンケースを抱えて、恥ずかしそうに教室に入ってきた時、私もドキッとしたの」
二人は顔を見合わせて、くすっと笑う。真奈は遥の長い髪を指でそっと梳きながら、続けた。
「でも、告白されるまで、遥ちゃんの気持ちに気付かなかったよね」
「うん……私、真奈ちゃんのことが好きで好きで、でも言い出せなくて。毎日ピアノの音に癒されながら、そばにいるだけで幸せだった」
遥の言葉に、真奈は思わず遥を抱きしめた。大きなお腹が当たって少し窮屈だけれど、それもまた愛おしい。
「私ね、遥ちゃんの手作りのお弁当を最初に食べた時、すっごく嬉しかったの。誰かにそんな風に想ってもらえるって、初めての経験で……」
真奈の声が少し震えていて, 遥は思わず真奈の頬に軽くキスをした。
「私も、真奈ちゃんが初めてだったよ。こんなに誰かを好きになったの」
二人の指が自然に絡み合う。窓の外では雨が優しく降り続けていた。
「ねぇ、私たちの子供たちはどんな子に育つのかな?」
真奈がそっとお腹に手を当てながら言うと、遥も自分のお腹を撫でた。
「きっと、賑やかな子供たちになるよね。……考えただけでドキドキする」
「私たちみたいに音楽が好きになってくれるかな?」
「なってくれたら素敵だね。でも、それぞれの好きなことを見つけてくれたらいいな」
真奈は遥の肩に頭を寄せ、目を閉じた。
「私の子供の頃ね、よく雨の日に母とピアノを弾いてたの。今みたいな音を聞きながら……」
「へぇ、だからいつも雨の日は穏やかな顔してるんだ」
遥は真奈の柔らかな髪を撫でながら、その香りを深く吸い込んだ。シャンプーの甘い香りが、心を落ち着かせてくれる。
「遥ちゃんは? 子供の頃の思い出」
「私は……庭で虫取りしてた思い出かな。今考えると、全然女の子らしくなかったね」
「そんなことないよ! 遥ちゃんの好奇心旺盛なところ、すっごく魅力的だと思う」
真奈の言葉に、遥は嬉しそうに微笑んだ。ふと、窓の外を見ると雨が少し弱くなってきていた。
「私たちの子供たちにも、たくさんの思い出を作ってあげたいな」
「うん、きっと素敵な思い出になるよ。私たちの愛する気持ちを、しっかり伝えていこうね」
二人は再びアルバムに目を向けた。そこには、これまでの二人の歩みが詰まっていた。出会いから今日まで、幸せな瞬間が一枚一枚の写真に込められている。
「ねぇ、遥ちゃん」
「なに?」
「大好き」
真奈の素直な言葉に、遥の目に涙が浮かんだ。ホルモンの影響か、最近は感情が溢れやすくなっている。
「私も……真奈ちゃんのこと、大好き」
二人は静かに見つめ合い、そっと唇を重ねた。窓の外では雨が優しく降り続け、新しい命を宿した二人の穏やかな午後は、ゆっくりと過ぎていくのだった。