第11章「職場で響く、祝福の言葉」
朝の通勤電車の中で、遥は真奈の手をそっと握った。今日は二人とも職場で妊娠を報告する日。まだ小さなお腹は制服で隠れているけれど、これから大きくなっていく体のことを考えると、やはり早めに伝えておく必要があった。
「緊張する?」
真奈の優しい声に、遥は小さく頷いた。
「うん……でも、真奈ちゃんが一緒だから大丈夫」
真奈は遥の手を優しく握り返す。その温もりが、遥の不安を少しずつ和らげていく。
最初に報告したのは、遥の職場だった。彼女が働く出版社の編集部で、上司の机の前に立つ時、心臓が大きく鳴っているのが自分でもわかった。
「あの、部長……お時間よろしいでしょうか?」
「ああ、遥くん。どうした?」
部長は優しい目をして遥を見つめた。これまでも理解のある上司だったけれど、今回のことをどう受け止めてくれるだろう。遥は深く息を吸い、ゆっくりと話し始めた。
「実は……私、妊娠しました」
「おめでとう! それは良かった……」
部長の言葉は途中で止まった。遥の表情に、まだ何か言いたいことがあることを感じ取ったのだろう。
「それと、もう一つ……私の、その、パートナーの真奈も、同時に妊娠していて……」
一瞬の静寂が流れた。部長の表情が微妙に変化するのを見て、遥は思わず手を強く握りしめる。
「二人とも……?」
「はい……二人とも妊娠しています」
遥の声は少し震えていた。けれど、確かな意志を持って言葉を紡ぐ。部長は少し考え込むような表情を見せたが、やがて優しく微笑んだ。
「大変だろうけど、会社としてできるサポートはさせてもらうよ。体調管理を第一に考えてね」
その言葉に、遥の目に涙が浮かんだ。
一方、真奈の職場では少し違った反応があった。彼女が働く広告代理店では、最初は戸惑いの声も上がった。
「え? 同時に? そんなの、どうやって……」
同僚の一人がつぶやいた言葉に、真奈は少し顔を赤らめながらも、しっかりと答えた。
「はい。私たち、きちんと医師に相談して、計画的に……」
「でも、産休とか育休とか、会社的にも前例がないよね……」
周りの声に、真奈は少し不安を感じた。けれど、上司が一歩前に出て、みんなの方を向いた。
「前例がないなら、作ればいい。これも多様性の一つだ。真奈さんたちの選択を、会社としてもしっかりサポートしていこう」
その言葉に、真奈は深く頭を下げた。
その日の夕方、二人は近くの公園のベンチで待ち合わせた。真奈が遥を見つけると、すぐに駆け寄って抱きしめた。
「どうだった?」
「うん、意外と……理解してもらえたの」
遥は嬉しそうに笑顔を見せる。その表情が夕陽に照らされて、とても愛らしく見えた。
「良かった……私も、なんとかね」
真奈も安堵の表情を浮かべる。遥は真奈の頬に触れ、その柔らかさを感じながら微笑んだ。
「ねぇ、私たち、一歩ずつ前に進んでるね」
「そうだね。まだまだ大変なことはあるだろうけど……」
「でも、二人なら大丈夫」
遥は真奈の肩に頭を寄せた。夕暮れの公園で、二人は静かにその瞬間を噛みしめる。これから始まる新しい生活への期待と不安が、優しく二人を包んでいた。
「真奈ちゃん、家に帰ったら、今日のお祝いに何か作ろうよ」
「うん、そうだね。今日は特別な日だもんね」
二人は手を繋ぎ、ゆっくりと帰路についた。これからの道のりは決して平坦ではないかもしれない。けれど、二人で支え合いながら、一つずつ乗り越えていける。そう確信できた特別な一日だった。