第10章「満ちてゆく愛の形」
リビングのテーブルには、まるでバイキングのように色とりどりの料理が並んでいた。遥と真奈は、目の前に広がるごちそうを見つめて思わず顔を見合わせる。
「こんなに作っちゃったけど、大丈夫かな……」
遥は少し心配そうに眉を寄せながらも、手には早速サラダを掴んでいた。野菜にたっぷりとかけられたドレッシングがキラキラと光っていて、とても食欲をそそる。
「うん……大丈夫、大丈夫! これも赤ちゃんのためよ!」
真奈は元気よくそう言いながら、揚げたてのフライを口に運ぶ。カリッという音が響くと同時に、顔に笑顔が広がる。
「うん、やっぱり美味しい!」
その表情を見た遥も、つい笑ってしまう。そして、二人は黙々と食べ始めた。まるで食欲が止まらないように、次から次へと手が伸びる。
フライ、ピザ、パスタ、そしてケーキまで――料理のジャンルは問わず、とにかく何でも食べたくなっていた。
「ねえ、これも美味しいよ!」
真奈が遥にすすめたのは、クリームたっぷりのパスタ。遥はフォークでくるくると巻いて口に運ぶと、その濃厚な味に思わず頷いた。
「ほんとだ……すごく美味しい」
遥はふと自分のお腹を見つめて、少し笑った。お腹が少しずつ大きくなってきているのを感じて、以前なら「食べ過ぎかな?」と気にしていたはずの自分が、今はすっかり気にしなくなっている。
「やだ、太っちゃうよ~」
遥が冗談めかして言うと、真奈は軽く肩をすくめた。
「いいの! 赤ちゃんが元気に育つためだもん。それに、二人で太っちゃえば怖くないよ!」
二人は一緒に笑い合いながら、再び手を伸ばした。食べるたびに感じる幸せが、二人の心を満たしていた。どこか安心感すら感じられるようになったのは、お互いが共に同じ体験をしているからかもしれない。
「はあ……さすがにお腹いっぱいだね」
遥はようやくフォークを置き、手をお腹に当てた。満腹感がじわじわと広がって、なんとも心地よい。
「そうだね。お腹いっぱいになったけど、幸せ……」
真奈も遥と同じようにお腹を撫でて、微笑んだ。二人のお腹は少しずつ丸くなり、命の鼓動を感じさせる形に変わってきていた。
「ねえ、お風呂入ろっか?」
遥が誘うと、真奈はすぐに頷いた。
「うん! 一緒に入ろう」
二人は仲良く手をつないでバスルームへ向かった。湯気がほのかに漂うバスルームは、温かい光で満ちている。お湯の温もりが体を包むと、食後の満腹感と疲れが心地よく溶けていくようだった。
湯気の立ち込める浴室で、真奈は丁寧に遥の背中を流していた。大きくなったお腹を抱えながらの動作は少し不自由だったけれど、それでも真奈の手つきは優しく丁寧だった。泡立てた石鹸が遥の白い背中を滑っていく。その感触に、遥は小さく目を閉じた。
「こうやって二人でお風呂に入るの、いいね……」
真奈の囁くような声に、遥は心が温かくなるのを感じた。
「うん、ほんとに……安心する」
遥の背中に触れる真奈の指先が、まるで魔法のように疲れを溶かしていく。妊娠してからの体の変化で、最近は背中の張りが気になっていたけれど、真奈の手のひらが触れる度に、その不快さが少しずつ和らいでいくようだった。
「遥ちゃんの髪、すごく綺麗になったね」
真奈は遥の長い髪を優しく持ち上げながら言った。妊娠してから、遥の黒髪はより艶やかになっていた。真奈はその髪を指で梳きながら、その感触を心から愛おしく感じていた。
「そう? 真奈ちゃんこそ、最近肌がすべすべして……」
遥が振り返ると、真奈の頬が湯気で程よく染まっているのが見えた。その表情が愛らしくて、遥は思わず微笑んでしまう。
「もう、遥ちゃんったら……」
真奈が照れたように目を逸らすと, 遥は優しく笑った。二人の間には穏やかな空気が流れていて、それはまるで世界が二人だけのものになったかのような心地よさだった。
「ねぇ、真奈ちゃん」
「なに?」
「赤ちゃんたちも、きっと気持ちいいよね」
遥がそう言って自分のお腹に手を当てると、真奈も同じように自分のお腹を撫でた。湯船の中で、四つの命が穏やかに育まれている。その思いに、二人は静かな感動を覚えた。
「うん、きっとね。私たちと同じように、安心してるはず」
真奈は遥の肩に顎を乗せ、後ろから優しく抱きしめた。二人の大きなお腹が触れ合い、その感触に小さく笑い合う。
浴室の窓から差し込む夕暮れの光が、湯気と混ざり合って幻想的な雰囲気を作り出していた。シャワーの細かな音と、二人の静かな呼吸だけが響く空間。それは日常の喧騒から切り離された、特別な時間のように感じられた。
「真奈ちゃんの手、すごく優しい……」
遥が小さく呟くと、真奈はその言葉に心を打たれる。
「遥ちゃんが気持ちよさそうにしてくれるから、私も嬉しいの」
真奈の指が遥の首筋から肩にかけてゆっくりと動く。その動きに合わせるように、遥の緊張が少しずつ解けていく。お互いの体の変化や不安も、こうして触れ合うことで自然と和らいでいくようだった。
静かな時が流れる中、二人は言葉以上の何かを分かち合っていた。それは深い信頼であり、限りない愛情であり、そしてこれから共に歩んでいく未来への確かな約束でもあった。
「こうして一緒に過ごす時間が、なんだかすごく特別に感じるよね……赤ちゃんがいるってわかると、今までとは違う気がして」
真奈の言葉に、遥は頷いた。お互いにお腹に新しい命を宿しているという事実が、二人の絆をより深めていた。
お風呂から上がると、二人は自然と手を繋いだままベッドへ向かう。遥が毛布を引き寄せ、真奈もそっと横に滑り込んだ。
「ねえ、今日もいっぱい食べたね」
「うん、でも幸せ……赤ちゃんも喜んでるよ、きっと」
二人は笑い合い、自然と顔を寄せ合った。遥は真奈の髪を指で軽く撫で、真奈も同じように遥の頬に手を当てる。夜の静けさが二人を包み込む中、彼女たちはお互いの存在を確かめ合うように、そっと目を閉じた。
「おやすみ、真奈ちゃん」
「おやすみ、遥ちゃん」
二人の手はしっかりと繋がれたまま、静かな夜がゆっくりと流れていった。