悲鳴
「ああご主人様! 鞭! 鞭! お忘れになってますよ」
「恥ずかしい」
赤面する。
これから行うであろうことを想像するとどうしても体が拒否反応を起こす。
やっぱり私って変?
「さあ早く中に。お待ちになられてますよ」
動揺を隠せない。
このことは他のメイドにもそれこそボノにも秘密。どうせ後でボノには知られるのだけれど。
ただ練習してると思われるのが嫌。あんなこと私には相応しくない。
決して誰にも知られてはならない秘密。
専属メイド以外決して知られてはいけない。
はあ…… やはり乗り気になれない。
どうしてお母様はこんなものに興味を抱いたのかしら。
先々代からと言っていたけどそれってお婆様。
今は亡きお婆様の趣味の一つ。
それを継承する。
小さい頃の思い出が薄れトラウマとなってしまわないか心配。
「では私を真似てみてください」
「こうでしょうか? 」
「もっと大きく。振りかぶるように」
「はあ…… 」
もうすぐにでも嫌になる。
「もっと大きな声で激しく! 」
「あああ! 」
「駄目ですよ。それでは誰も喜ばない。ふざけずにお願いします」
男は興奮状態。
出来たら真似たくない。
でもやらなければ恥を掻くのは私。母の顔に泥を塗ることにもなる。
「ほらもっと大声で」
「はい! 」
「叫ぶように。角度が違う! 」
「こうでしょうか? 」
「何度言えば分かるんだ! 」
下手くそに教えるほど疲れるものはない。
分かっている。自覚もしている。
でも普通の女性はこんなことしない。
異常とまでは言わない。でも私にはやはり相応しくない。
「もっとだ! 今度は一定に」
果たしてこれで本当に女主人としての責務を果たしてると言えるの?
誰にだって苦手なものはある。
それを克服するのは立派なこと。
身分も年齢も関係ない。
だからこそ尊敬する。
でもこれは本当に尊敬出来ることなの?
「ではこれで終えます」
熱血指導のおかげで随分上達した気がする。
特に角度は完璧だとか。
あとは嫌がったり恐れたりしないことだそうだ。
誰だって初めのうちはそうだとおっしゃってくれた。
秘密の特訓を終え汗を流す。
さすがにメイドだって中にまで入ってくることはない。
そこに隙が生まれる。
いつもだったらタオルで前を隠す。
でも今回は解放感に浸るため……
メイドたちは立ち話に花を咲かせる。
「ふう疲れた。今日はお客様が来るから大慌てでさ」
手で扇いで見せる。
「そっちはどう? こっちは今ご主人様を待っているところ」
「へえ奇遇ね。こちらもお客様が汗をお掻きになったので連れて来たの」
「本当に奇遇ね…… 私も…… あれ? 」
「ちょっと今何て? 」
「ご主人様が…… 」
「旦那様ではなくてご主人様? 」
きゃあああ!
突如悲鳴が響き渡った。
それと共に何かが落ちる音。
一体中で何が?
「ご主人様! 」
メイドたちが急いで駆けつける。
「どうしてあなたがここへ? 」
どうにかすぐタオルで隠したがすべて見られたのは間違いない。
一瞬だったから大丈夫だとは思いますが。
悲鳴に我が旦那様まで駆けつける事態に。
もはや出るに出られない状況。
「どうした何事だ? 」
「申し訳ない。つい裸でうろついてしまいそこをメイドに見られた次第です」
セピユロスが話をでっち上げる。
「そうか気をつけてくれたまえ。いくらメイドとは言え女性。
破廉恥な真似は金輪際なしにしてくれよ」
ついにボノ登場。
「大変申し訳ありません。以後気をつけます」
ボノが戻り騒ぎは収まった。
私とセピユロスとお付の二人以外真実を知る者はいない。
「ではごゆっくり」
あくまで紳士に振る舞う出来たお方。
さすがは我がヴィーナのお相手と言えばいいのか出来過ぎておりヴィーナには勿体ないと言えばいいのやら。
「ご主人様大丈夫ですか? 何かされましたか? 」
「いいえ。心配しないで」
恥ずかしい。私としたことがつい気が緩み裸を晒してしまった。
これ以上の辱めはない。
でも彼は自分を犠牲にしてでも私を守ってくれた勇気あるお方。
セピユロス……
気を取り直してディナーに。
続く