セピユロス
もう娘じゃない。
そう私にはたった一人の娘がいる。
私と同じエメラルドの瞳を輝かせよく笑うヴィーナ。
そばかすを気にしていたけどどうしたかしら?
そう記憶は五年前のもの。その頃で止まっている。
今は十八だったかしら。
最後に会ったのが五年前。
姉のお世話で遠く異国の地で自由気ままに暮らしている。
私がいくら反対しても聞かなかったあの子。
ここが田舎なものだから嫌がって嫌がって。
生まれ育ったところだもの最初は喜んでくれた。
でもやはり憧れが勝ってしまう。
それは十分に分かっていたこと。
姉に任せて報告だけ受けていた。
ただ聞き流していた。
ここを去ったあの子に失望していたのかもしれない。
もうそれほど気にならなくなっていた。
娘がいない生活に慣れ満喫している?
でも本当はそれだけじゃない。
嫉妬しているのかもしれない。自由を求める娘を憎たらしく思うことも。
おかしい。いつからこんなおかしな感情が芽生えたのか?
ボノのせい。
すべてボノのせい。
本当にすべてが狂ったのはボノのせい。
相手にしてくれなくなったんですもの。
それだけでなく娘を溺愛するあまり甘やかして勝手にすべてを決める。
良い父かもしれない。でも最低だ。
そんなヴィーナから突然会いたいと手紙が届いた。
不思議なことに戻って来る。
会わせたい人がいるそうだ。
今そわそわしてるのはなぜか?
予定の到着時刻が迫っているから。
もうあと十分もすれば姿を見せるはず。
「ご主人様。どうしましょう? 」
迎えに行くのもおかしい。
ここは焦らずにゆっくりと待ちましょう。
十分経過。
やはり思った通り。姿を現さなかった。
悪い予感が当たってしまう。
ヴィーナの身に何かあった?
心配は尽きない。
待ち続けてようやく二時間後にお客様。
もうどれだけ待たせるのでしょうか。
野犬が吠えている。狼が出たのかもしれない。
「お久しぶりです」
私はこの方を知らない。
久しぶりとはどう言うことでしょう?
ついにヴィーナとご対面のはずが肝心のヴィーナの姿がどこにもない。
ボノは今手が離せないと書斎に籠っている。
せっかく戻って来た娘を出迎えないでどうするの?
「いらっしゃい」
出迎える。
「初めまして」
ついに運命の時。
男は優しく微笑んだ。
なぜか私に最高の笑顔を向ける。
「あらヴィーナはどうしたのかしら? 」
心配したものだから音がすると急いで外へ飛び出していた。
本来これらはメイドに任せている。
ご主人様と驚かれた。
慣れないことをするものじゃないわね。
メイドが不安がってしまう。
主人として何があっても動じずに構える。
それが流儀。いつもの私。
でも今回は事情が違う。
久しぶりに会う娘が殿方を連れてくると。
手紙をもらって驚いた。
手紙だ。手紙は別にいい。一度でも…… この五年間で一度も寄越さなかったにも関わらずいきなり手紙を送り付け二人で来ると言うだけ。なぜなの? あまりにも無礼。いくら親子でもそれはないんじゃない?
そんなヴィーナの姿が見当たらない。
「申し遅れました。俺…… ではなく私はセピユロス。お会いできて光栄です」
そう言うと目の前に。握手かと思いきや手を掴むといきなりキス。
大胆なお方。ただこのようなことはどちらかと言えば田舎の者がすること。本当の紳士はハグをする程度。そこには余裕があるがこちらはただ媚びているように見える。私がここの女主人だから? ふふふ……
「ねえあなたご出身は? 」
彼に興味が湧いた。どことなくボノの若い頃に。
あらあらいけない。娘の男に何を考えてるのかしら。
「はいエイドリアスです」
随分田舎だわ。ではやはりこの方は無理をなさってる。振る舞いもぎこちないわけね。ふふふ…… かわいい。
「ではお近いですわね」
「はい。隣の隣の村です」
「あら私ったら…… ではごゆっくり」
歩き始めたセピユロス。
「ちょっと待って。ヴィーナは? 」
肝心の娘の姿が見えない。
まさか彼一人で来ることもないでしょう。
続く