習作だからこれで終わり
「由架、ご飯!」
「はーい。今日は葵さんの好きなハンバーグですよー」
「ほんと!?やったー!」
あれから9年。ボクは、赤井家で働いていた。実質的な世界の中心である、株式会社Alt-Noaの中でも現在売れ筋の作品にして完全攻略の目処が立たないとまで言われている全世界シェアトップの作品〈Fately Utopia〉の、開発者でありたまに〈幻想議会〉四期生『赤林耀哉』としてV配信者として配信を行う葵さんと、そんなAlt-Noaの中で開発者という一面を持ち、帰ってくると口調はキリッとしていながらもデレデレ、そして結婚から7年が経っている今でも葵さんと新婚のような関係を保持している龍太さん。そしてそんな2人の息子である龍一くんの三人の世話?がボクの仕事で、家は大きいので住み込みで働いている。この家、珍しいことに予備電源装置がありしかもそのおかげで龍太さんのプログラムはこの家の地下で行われている。たまーに、下から声が聞こえてくることもあるけど...それはまぁ、お盛んということで。
「ああそうだ、明日の朝から居候が増えるから。君の写真見せたら『すぐいく今すぐいく』って言ってさ、ずっと会いたかったとかなんとか言ってたよ?」
仕事が終わったのか葵さんを抱きしめてくつろいでいる龍太さんの腕の中、僕より年上でちみっこい葵さんはそう言った。
にしても、ボクの顔を見て来たいっていうからには知り合いなのかな?ありそうな人が1人浮かんだけど、あいにく故人だ。
「おはよぅ、由架!今日もいい朝だね、こういう時はぼくの由架の顔を覗き込んでみるのが一番幸せだなぁ」
「...?.........!?っ!?〜〜っ!?」
目を開けると、見たことのない姿。ぼやけた目が、男子高校生のような姿を映す。...そして、その喋り方の特徴を思い出して。ボクが驚きに叫びかけると、僕の胸あたりに顎を置いた人物は手で僕の口を塞いだ。
「2人を起こしちゃダメだよ?僕を昨日の遅くにこっちまで連れてきてくれて、お疲れなんだから」
ね?といってウインクをするその姿は、姿が変わったとしても間違えようがないほど...かれこれ10年近く見なかった、祐樹だった。
「カジノ島で有名なローグフェルンってあるでしょ?あそこ、実はクローン作成施設でもあってさ。稼働自体はかれこれ...30年ぐらい前からかな?原初さんもそれで復活してたし」
8時に眠たそうに起きて来た龍太さんから遅れて、9時になってようやく起きた葵さんはそういった。
「...正直に言えば、あれは地獄だった。海に当たって髪はボロボロ、そこから遺伝子情報を取っただけじゃただの木偶の坊だが、何故か記憶はないはずなのにずっと由架って言ってたからな。それで、ある程度フェルンローグで学ばせてからここに連れてきたってわけだ。だから、いつもの『記憶の保持』がない分今お前の目の前にいるのはお前が知っているのとは別人だ。...まあ、本人同士が互いを本物と認識するならば問題はないだろうが」
互いに抱きしめ合うボクたちを見て龍太さんは少し呆れたように言った。ただ、実際のところはそんな優しいものじゃない。耳元でとても小さく、(僕の事放したら刺すからね?)と圧をかけられているのだ。
...あれから3年。僕たちはフェルンローグという、いつもいる世界とは違う世界にいた。ローグフェルン島の最奥から入れて、ガンガン文明が構築されている。ファンタジー世界らしく魔力があるらしいけど、この場所では本当にあるのかわからないぐらいの街並みだ。葵さんの友達であるIAさんが言う『本当の現実』にあるシブヤという街に似ているらしい。高層住宅が立ち並ぶその威圧的な姿は、降雪がバカにならない我らが三牢沢では決して真似できない。帝都・トーキョーではどうかわからないけど。
「...私って、ただの都合のいい女?」
「いやいや、こんなに可愛い祐樹が都合のいい女なわけないじゃないか!大好きだよ」
「...っ!そうだよね!えへへー」
「ま、嘘だけど」
その瞬間、緻密な魔力の刃が脇腹を浅く切り裂く。
「...次は本気でやるからね?」
血走った目に晒されながら、僕は彼女を宥め続けた。