俺たちの冒険はこれからだ
背景説明です。
事の起こりは勇者を名乗る男の狼藉だった。
小国ながら伝統ある魔導王国で、一般謁見中の国王を惨殺。混乱に乗じて少数の手勢で王城を制圧。"魔王の支配からの解放"を宣言し、王城内にいた王国貴族と将兵を、圧政を強いた魔族として奴隷商に売り払った。
圧倒的な戦闘能力を持つ少人数集団による、この宣戦布告も何もないテロ行為に、東方の周辺諸国は騒然となった。
聖法教会は、この"勇者"が、先ごろ中央神殿に仕える聖職者の一人を不当に連れ去った誘拐犯と同一であると訴え、その捕縛と誘拐された若い女性神官の保護を求めた。
この無法者に対して東方各小国連名での討伐を行うべきではないかという話が持ち上がったが、では、誰が猫の首に鈴を付けるのかというところで計画は頓挫した。
「だからといってそのようなならず者を放置しては、国家間の政が立ち行かなくなる」
大陸の覇者である帝国皇帝は、部下からの報告に眉をひそめた。
国内の政変や国家間の紛争なら、当事者の問題だが、国盗りをする気もなく、ただ単にトップを殺して、略奪の限りを尽くし、統治のための武官と文官を根こそぎ奴隷商に売り捌いた挙げ句に、その後の統治を放棄して立ち去るというのはたちが悪い。
「あれにやらせてみせよ」
皇帝が指名したのは、12番目の皇子で、知力も武力も英雄と呼んで相応しいレベルでありながら、とにかく世渡りの要領と覇気に欠ける男だった。
今までこれといった武功も勲功も無く、地方でひっそりと無駄飯を食らっていた皇子は、突然の勅命に目を白黒させた。
「爺、これ、断れないかな」
「自殺願望があるとは存じませんでした」
「はーぁ……」
"勇者"を討つとしても、なにか大義名分は必要だろうと、最初は"聖女奪還"を考えてもみたが、これはくだんの女性神官が死んでしまっていたりすると、お題目としては使えなくなる。
「魔導王国の王族の生き残り、できれば国王の直系の遺児がいると"仇討ち"と"お家再興"の名目が立っていいんだがな」
「魔導王には姫君がお一方いらっしゃったはずです」
「他は?」
「直系のお子様はお一人で」
「妾とか後宮は?」
「我が国とは習慣が異なります」
「なるほど」
生きているならヨシ、死んでいたなら替え玉を仕立て上げるかなどと、いささか正義感に欠ける心づもりで、亡国の姫君を探しに出た皇子だったが、噂を手繰って辿り着いた奴隷市場で見つけたのは、とんでもない奴だった。
引き締まったしなやかな身体の肌は浅黒く、髪は烏珠、端正な顔には、内から光を放つかのようにキラキラ輝く金色の瞳。
よく通る涼やかな声音で、古語混じりの呪文めいた句を、滞りなく並べ立てて、その場に居たもの全員を魅了したずば抜けたカリスマの持ち主。
欲しい!
なに不足ない満たされた環境で育って、これまで欲らしい欲を持たずに生きてきた皇子の内に湧いた初めての衝動だった。
周囲には同じように目をギラつかせた買い手が沢山いたが、そんなことは問題ではなかった。
勅命で公務中の直系皇子の資金源の基本単位から言えば、こんな辺境の奴隷市場程度の価格帯など端金に過ぎない。
「ありがと。ついでといっちゃなんだけど、一緒に連れていきたい奴らがいるんだ。一緒に繋がれていた奴らなんだけれど、皆いいやつでね。買い取る金は自分で出すからさ」
圧倒的な資金力で周囲の有象無象を黙らせて、買い上げれば、当の本人がそんなことを言い出すので、それならばとついでにその男達もまとめて買ってやった。
見れば薄汚れた身なりに身をやつしてはいるが、いずれも人品卑しからぬ者達である。
さては、と問いただしてみると、思った通り魔導王国の近衛だった。
王国の遺児を救い、"勇者"を倒して国を再興させる手助けをする所存だと伝えると、皆、男泣きに泣いた。
「どのような境遇に身を落とせども、生きのびて姫様をお守りしようとここまであがいてきたのが報われましてございます。一時はもはやこれまでかと思いましたが……死を選ばずにいて良かった。本当にありがとうございます」
詳しく聞いてみると、勇者とその一味が全員規格外に強いというのももちろんあったが、その中の魔術師に弱体化の呪いをかけられたのが、ろくに抵抗できないまま捕らえられてしまった原因らしい。全身の魔力が滞ったり無駄に流れ出たりして、思うように身体が動かせなくなるのだという。
「申し訳ございません。その術をかけたのは、わたくしにございます」
そう名乗り出たのは、"今ならもう一人おまけで"ついてきた線の細い美女だった。
人々を苦しめる非道な魔王を倒すため、と勇者に吹き込まれて、平和に解決するためだからと城の兵全体への弱体化魔法をかけさせられたらしい。
「わたくしが間違っておりました。あの男は抵抗できなくなった者達を無惨に殺して、わたくしが抗議して反抗しようとすると、わたくしにも束縛の魔導具の枷をつけて、用済みだと言って奴隷商に売り払ったのです」
「束縛の魔導具とやらはこれか……こんなものを用意していたってことは、どのみち最初から貴女は始末する気だったということだな」
皇子が引き千切ると、呪いのチョーカーはボロボロと崩れ去った。
解放された美女は、皇子に涙ながらに礼を言って、自分がかけた弱体化魔法はすぐに解除すると誓った。
「と言っても、ここにいるメンバーは近衛のごく一部なんでしょ。バラバラに売られちゃった皆んなはどうする?」
不満げに腕を組んで話を聞いていた奴が金色の目で見上げてくる、その強い視線を受け止めて、皇子は腰の後ろから背筋がゾクリとするのを感じたが、何食わぬ顔で答えた。
「なに。ここに来る前に、ここの国主に圧力はかけてきた。戦争で負けたわけでもない国の民を戦争奴隷として売買しようとした奴隷商は一両日中にでも、取り締まられるだろう」
「あ?ということは、あんた最初っから後金払う気なかったな」
「手持ちで2千万も持ち歩くやつがあるか」
「えー、じゃぁ前金200万で、その内190万を自分が即金報酬で貰ったから、あの奴隷商、上手いこと夜逃げに成功しても儲けは10万かー……そういうことなら、もうちょっとなんだかんだ色付させて毟り取っておけば良かった」
「奴隷の身にありながら、自分を売りさばこうとした奴隷商から金を毟り取る算段をするとは」
「いやー、どん底の身分から這い上がろうってんなら、四の五の言ってられないっていうか?あ、そうそう。そういえばこの度はお買い上げいただきまして誠にありがとうございます。なんだか皆さんワケアリのようで、上手いこと話がまとまりそうで良ござんした。こちらとしても買われた身ですからこの際乗りかかった船と思って旦那様には誠心誠意お仕えするつもりですが、なんですかね。その、勇者討伐ってのに同行した方がいいんですか?」
「……旦那様」
変なところに引っかかって、妙な照れ方をしている皇子とは別に、その場の一同はなんとも微妙な顔で沈黙した。
「ええーっと、姫様?先程からどうも様子がおかしいと思っておりましたが、ひょっとしてショックで記憶が少々混乱しておいでなのでは?」
「えっ?……あれ?」
出来はいいけど、いまいち奥手で押しが弱い皇子と、押しは強いけど、押す方向が明後日な無自覚姫様?と、巻き込まれ流され度が半端ない聖女様の三人組(with真面目なナイスガイ元近衛s)による"勇者討伐"珍道中が、こうして始まることになるわけだが、そのお話はまたの機会に……。
お後がよろしいようで。
毎度(以上)のバカ話にお付き合いいただきありがとうございました。
思いつきの出来心で書きました。寛大なラブコメ魂でコイツラのこの後はご想像ください。
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(今回は短編形式でないので、ご好評いただけますとオマケが足せます)
よろしくお願いいたします。
……さて、それはそれとして、長編の続きを書きに戻ろう。