第二話 魔王復活
春風が病室のカーテンを煽る。
あたたかな光が顔に差し、少女は唸り声を上げながら、身をよじる。
そして、ゆっくりと、目を開けた。
破壊と残虐の限りを尽くした魔王アンリ。
彼女の目覚めの瞬間はひどく穏やかなものだった。
――――――………………
――――…………
――……
……
勇者アンリ。
僕はその名を捨てた。
この日本は勇者など必要としていない。それほどに、平和であり、平穏だった。
だが、魔王アンリを討ったおかげかと言われると、そうではない。
この一年、僕は「高校」とやらに通い、勉強の日々を送った。その中で分かったこと。
魔王アンリを討った後も、人間は人間同士争いあい、平和だった時代などはなかった。
今なお、世界のどこかでは、人間同士の争いが繰り広げられ、罪なき人間が死んでいる。
この体の両親も、紛争に巻き込まれ亡くなった、らしい。
国境なき医師団に所属している父、灰華恭二に妹と共に保護され、現在は「灰華明希」という名で日本に身を置いている。
人同士、互いに争う世界を憂う気持ちはあれど、僕にはどうすることもできなかった。
危険な場所に飛び込んだら、この体を保護してくれた恭二さんに申し訳が立たない。
だからこそ、今の僕にとって、戦争は遠い世界の話で、所詮は教科書の中の出来事でしかない――。
そこまで考えを巡らせ、僕は一呼吸ついてから歴史の教科書をそっと閉じる。
「放課後に勉強なんて、ほんと真面目だなぁ! 明希」
「志藤くん。真面目とかそういうのじゃ……」
志藤楓。
都立黎明高等学校二年A組、クラスメイトの一人。中性的な名前に顔立ちで、よく女の子に間違われては、愚痴っている。
何かと僕に絡んでくる活発な少年だ。
「いいや。真面目だね。なんたって、たった一年で、こんなに日本語習得するほどだぜ?」
日本で生活するにおいて、最初に苦労したのは言語障壁だった。
勇者アスラ時代に使われていたような言語は、現在には残っておらず、まったく手掛かりのない状態で日本語を学ぶのは苦労した。
だが、いつまでも、話せない、聞けない、書けない、では不便極まりない。
そこで、少しばかりズルをした。
《思考加速魔術》
魔王戦では常時使用していたものだ。
魔力量は勇者時代からかなり減っていたが、簡単な魔術は使用することができたのだ。
使えば使うだけ、魔力量は底上げされたが、勇者アスラだったころと比較すれば、微細なものだ。
ともあれ、思考速度を上昇させることで、学習速度を向上させた。
それをしても、半年以上も完全な言語習得に時間をとられるとは思わなかったが。それほどに日本語は覚えることが多かった。
「まーた小難しいことでも考えてんな。てか、んなことより! 新クラスの親睦もかねて、みんなでカラオケいくことになってるんだけど、お前来る?」
「あー。ごめん。今日も用事あるから」
「だよなー。オーケー! ま、また用事っての、ないときにでも行こうぜ」
そういって、志藤くんは、僕の元から離れクラスの輪へと戻っていく。
「灰華、来ないってー」
「まぁそうだろ。てか、毎日誰よりも早く帰宅してるけど、なにやってんだろ?」
「妹ちゃんのとこに通ってんのよ」
「ああ、一年目を覚まさないっていうあの」
「妹想いのやつで、俺ぁ泣けてくるぜ……!」
「妹なんていてもうるさいだけなのに、よくやるよなぁ」
「お前と一緒にすんな、ほら、カラオケ行くんだろ」
など、話しながら教室を去っていく。
彼らが話す通り、僕は毎日、妹の病室に通っている。
妹、といっても〝この体の〟妹にすぎない。
この体の記憶を断片的に引き出すことはあるが、完全に思い出すわけではないし、深い情のようなものがあるかと聞かれたら疑問だ。
それでもきっと、妹を思う気持ちは体に染みついていて、不思議とあの病室に足を向けてしまうのだ。
――今日は彼女が起きているかもしれない。
そんな微かな希望を抱いて。
灰華杏璃と書かれたネームプレートを一瞥する。
アイツと、同じ名前なのは気がかりだが、宿敵同士が同じ時代に、それも兄妹の体に転生するなど天文学的確率と言える。
そんなご都合主義的展開はあり得ないだろう。
そんなことを考えながら、病室の扉を開けば、すぐに目を疑うことになる。
病床から、忽然と杏璃が姿を消している。
一年も眠っていて、筋力も弱っているだろう。自力で動けるはずはない。
考えていても仕方ない。
見つけなくては――。
――――――………………
――――…………
――……
……
それは破壊の渇望。
どれだけ、壊しても壊しても、人間の心は折れることはなかった。
勇者アスラに屠られ、幾何の年月が経ったのだろうか。
いや、幾何の年月を積み重ねれば、これほど文明を発達できるのだろう――。
と、少女杏璃は思考を巡らせる。
「本当に、しぶとい連中だ――」
心底恨めしそうに、通りすがるの通行人を見やる。
欠伸をしながら歩くサラリーマン。
大荷物を抱える主婦。
道幅いっぱいに広がって歩くやかましい高校生。
平和ボケもいいところだろう。
手始めにこのやかましい人の子らを破壊し、魔王アンリの目覚めを世界に知らしめてやろうか。
と、ここで彼女は、はたと気づく。
魔力がない。
石ころ一つ、破壊するほどの魔力さえ、見あたらなかった。
魔王時代では考えられなかった事態に、軽いパニックを引き起こす。
「どうしたの、お嬢ちゃん。何か困りごとかな?」
そんな彼女に、優しく声をかける男が一人。
明るい髪を後ろで結わき、耳にはいくつものピアスが付けられている。
チャラい見た目と、対照的に湛える柔らかい笑みは、ミスマッチだ。現代に生きる者なら、男に対し即座に警戒心を抱くだろう。
「……Heret si othingn otheringnem(困ってることなどない)」
「え、何? 何語……? 君、外国人?」
言葉が通じない。
それに気づいた杏璃は眉を顰める。
どうしたものかと逡巡していると――。
「迷子かな。大丈夫。お兄さんが、交番まで連れて行ってあげるからね」
そういって、杏璃の腕を引いた。
「etgo ury andsh fo em!(手を放せ!)」
抵抗を示す少女に、男は小さく舌打ちをつくと、人気のない路地裏に方向を転換する。
人目がないことを周到に確認すると、杏璃の腹を膝蹴りした。
「うっせんだよ。ガキ。通報されたらどうしてくれんだ、ああ?」
蹴られた個所を抑え、痛みをこらえるように噛みしめながら、杏璃は思う。
――人間は、いつの世もその本質は変わっていないのだ、と。
光あるところには影ができるように、希望に隠れて絶望がそこには存在する。
不安も怒りも憎しみも絶望も――表に出てくる華々しさに隠れて必ず存在する。
どれだけ文明が発達したところで、人間の社会の本質は何一つ変わっていなかった。
「Illk.Illk ury.Illk la.Estroy Dverythinge nda eavel on racet hat ury peciess xistede!(殺す。貴様を殺す。すべて破壊し、貴様ら人間という種が存在したという痕跡一つ残さぬ!)」
「騒ぐなつって――」
男は懐からナイフを取り出し、だが、すぐにそれを落とした。
カラン、と凶器が地面に転げ落ちる。
「Ied(死ね)」
杏璃は男に手を伸ばす。
先ほどまで、魔力量が空っぽだったのが嘘みたいだった。
人間への憎悪と共に、無尽蔵に溢れてくる。
今、再び破壊しつくしてやろう。
魔王アンリの復活を世界に刻んでやる――。
設定もプロットも書かず、ひたすら思いつく限り書いてます。
アンリのセリフは英語を適当にアナグラムしました。文法とか何も考えずに、脳死、Google翻訳なので、多分間違ってる。
まぁ、そんな雰囲気みたいな軽い感じでお読みいただければ幸いです。