第一話 魔王アンリの死と第七魔法
破壊の限りを尽くす残虐者――魔王アンリ。
どこからともなく現れ、彼女が歩いた後には、塵一つ残らない。その様から畏怖と憎悪を込めて、「歩く災厄」などと呼ばれている。
彼女は、旧王都エルブリアの中心に構える王宮に、座していた。
王座に座ってみたい。
ただ、それだけの理由で、街一つ壊滅させ、王宮の、それも王間だけは残したのである。
衛兵との戦闘で、柱が壊れ、天井は崩落したが、それでも、この街の中では唯一原型をとどめていた。
残骸となった柱、わずかに暗雲をのぞかせる天井。
かつて栄えていた王宮の成れの果ては、魔王アンリによる破壊の象徴と言えるだろう。
そして、ソレは、王座に悠然と座してこちらを見下ろす。
絶対的な破壊者。
少女の華奢な体に、白い柔肌。白い長髪。額からは漆黒の角が伸び、その目は、見たもの全てを蹂躙せんとする意志を宿している。
美しい見た目なだけに、彼女がしてきたことを想えば、背筋が凍るように悍ましい。
だが、恐怖の感情をそれを上回るほどの憎悪が駆逐する。
「お前だけはここで必ず殺す。魔王アンリ」
彼女に剣先を向ける。
魔王はそれに眉をピクりと動かし、こちらを一瞥してから、口を開いた。
「性懲りもなく、現れたか。勇者アスラ。幾度も取り逃がしてしまったが、今日、ようやく貴様を屠ることができると思うと、胸が昂ってしかたがないぞ」
彼女はぬらりと立ち上がる。
背丈は低い。
だが、邪悪な存在感が皮膚を刺激し、冷や汗を落とさせる。
「さぁ。勇者。地獄のタップダンスを踊ろうではないか!」
敵は破壊魔術の使い手。
無尽蔵な魔力量に、でたらめ火力の破壊魔術をぶっ放してくる。
消耗戦になれば、こちらが不利。
ならば……。
こちらから詰めるッ!
床を蹴り上げ跳躍。
身体強化魔術を限界まで重ね掛けをし、魔王に急接近する。
そして、斬撃。
「ふん。その程度で我を殺せるとでも」
一撃を防ごうと、右腕を振り上げるのが見える。
その動きは、その後、起こるであろうことを、まるで予測していないようだった。
魔王の防御は、一撃を相殺しきることができず、余裕綽々としていた表情は、苦虫をかみつぶしたようになる。
「なんだ! この力は! 以前はこれほどの力……有していなかったはずッ!」
耐えられず、魔王の体は後方に吹き飛ばされる。
宮殿の壁を破壊し、外に投げ出された。
この程度で死ぬ相手ではない。
僕もすぐに、追い打ちをかけるため宮殿を飛びだす。
街の残骸の中心に、彼女はやはり、立っていた。
こちらを睥睨する。
「カイヴァーン、オフルマズド、バフラーム、シェード、ナーヒード、ティール、マーフ。お前に殺された者の名だ。彼らから、想いを託され、僕はここに立っている。この剣には、お前に殺された人々の希望が込められているんだ! 魔王アンリ! 貴様に、その思いまで破壊できるか!」
「我は、すべてを破壊するもの。貴様らの営み、想い、希望。そのすべてを――、一笑に付してただ壊すのみよ!」
この残忍さに染まりきった者を、一体誰が殺せるだろう。
ここで、僕が彼女を殺さねば、世界は彼女の意志のままに、破壊されてしまう。
もはやあれは、破壊という意志だけを持った巨悪。
魔王ですらない、邪悪な存在――。
「ゆくぞ。邪神アンリ。貴様をここで屠る」
彼女がこの世を混沌に包む闇ならば、僕は希望を背負う光だ。
届け。
闇を――斬り裂け。
――――――………………
――――…………
――……
……
かつて栄華を極めた都市の亡骸の上で、二人の影が重なる。
一閃の剣が、少女の体を貫き、鈍色の世界を鮮やかな赤に染め上げる。
魔王アンリ。
世界を破壊せんとする邪神。絶望を振りまく闇。
彼女が、最期にその目に焼き付けたものは――光だった。
勇者アスラを見上げ、目を細める。
「あと少しで、我が宿願は……! おのれ、勇者アスラ……! 許さぬ、許さぬぞ!」
「世界の平和のために、ここで死ね」
「クソ。クソッ! 呪ってやる。赤子の赤子、そのまた赤子までッ!」
魔王は、力を振り絞り、自信の体に突き刺さる剣を握りる。
「甘い。甘いな。勇者アスラ。貴様らが、平和に強い思いを馳せたように、我は絶望に思いを馳せた。貴様らが、仲間を持ったように、我も志同じくする仲間を持った。貴様が仲間を失ったように、我も仲間を失った。貴様が、仲間に想いを託されたように――我もまた、想いを託された」
力を振り絞り、強く、己が心臓を貫いた剣を握る。
手のひらから血がこぼれようとも、意に介すことはない。
勇者アスラは、魔王が何かしようとしていると察知し、剣を引き抜こうとするが、だが、魔王の力が強く引き抜くことはできなかった。
「仲間から託された想いの結晶たるその剣を、捨ておくことはできなんだ。その甘さこそ、貴様の敗因」
「くっ!」
勇者は、剣を諦め、魔王から離れようとする。だが――。
「もう遅い。――第七魔法」
彼女の体から暗黒の球体が膨らんでいく。
球体から無尽蔵に溢れだす不浄の生物が、逃げようとするアンリの体を捕らえ、心臓を抉る。
「……!」
「赤子の赤子、ずっと先の赤子まで――」
「何を……した! 魔王アンリ!」
叫ぶ勇者の体に、球体から現れるあらゆる不浄の生物が入り込んでいく。
そして、暗黒の球体から、少女の体が現れる。
「――永遠に呪われるがいい。勇者アスラ」
笑顔と共に、呪詛を吐くと、彼女の体は灰と化し、風に巻かれていく――。
「う……ッぐ!」
すべてが消えたその場所で、勇者アスラは独り胸を抑え、しゃがみこむ。
そして、ついに、口から血を吐き出してしまう。
――――――………………
――――…………
――……
……
これから死ぬのだろうか。
彼女、アンリが最期に唱えた魔法は、死なば諸共の破壊魔法だったのだろうか。
魔法――。
魔術ではなく、願いから生じる奇跡。
彼女の飽くなき破壊への欲求が、魔法へと至らせたとでもいうのだろうか。
光を失っていく瞳で、世界を見渡す。
ああ、再生された世界を。
絶望なき世界を。
人が皆、笑って暮らす世界を。
見て見たかった。
「面白いものを見せてもらったよ。自らの体を賭し、発動した彼女の執念の結晶」
そこは見目麗しい美少年が立っていた。
褐色の肌に、黒い長髪をなびかせている。
「第七魔法≪アンラ・マンユ≫ってのはさ――希望の光を蝕み続けるんだよ」
「なに……いって」
「君もいつかわかる」
そういって、少年は踵を返し、立ち去っていく。
「まっ、待てっ!」
アスラは呼び止めようと声を上げる、がソレを見て言葉を失う。
少年は変貌を遂げていく。
顔だったところは、矮小な人間を嘲笑うかのように、天に突き出す長い舌へと変わり、股が裂け、巨大なかぎ爪を持った三つの足に変わる。
その足で、滅びの都市を闊歩するそれは、それは――混沌そのものだった。
「二人の神話はここで終幕さ。だが、安心するといい。これからは、より混沌と絶望しかない、新たな神話の時代が幕を開ける。さぁさぁ、刮目せよ、新支配者の襲来をッ!」
あれを野放しにしてはいけない。
その思いとは反して、意識を失っていく。
――――――………………
――――…………
――……
……
手を伸ばす。
目の前には見知らぬ天井があった。
「気が付いたか!」
視線を降ろせば、見慣れない白い衣装をまとった男がいた。
年齢は二十後半から、三十ほどだろうか。
変な夢をみたような気がする。
ていうか、ここはどこだ?
世界はどうなった!?
身を起こし、カーテンを開く。
太陽のまぶしさに瞼を細めながら、見れば、すぐにそのまぶしさも忘れて目を見開く。
見渡す限りおおくの建物が連なり、景色の奥には、巨大な建造物の影が立ち並んでいるのがわかる。
そこで暮らす人々は、笑顔で生活を営み、まさに平和そのものだった。
――ああ。守れたんだ。
そう思うと、涙が流れてくる。
「ここは、日本だ。お前はここで生活することになる。当然、日本語だったり文化を学んでいかないといけないが、ま、それはおいおいでいいだろう。ともあれ――。ようこそ、平和な国、日本へ」
ゾロアスター教の要素やクトゥルフ神話の要素を含めてますが、にわか知識です。
全体の着想自体は、漫画アプリ「ジャンプ+」掲載の『全部ぶっ壊す!』というコメディ作品から得ています。そのため一話はかなり殺伐としてますが、二話以降からは、ほのぼの日常コメディな感じにしていけたらなと考えてます。
筆休めに書いていこうと思うので、サクッと間食程度にこれからも読んでいただければ幸いです!