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09.天使

 ピーンポーンパーンポーン。


 突然、館内にチャイムと共にアナウンスが流れ始める。


『……まもなく、当館は閉館となります。まだ残っている生徒の方は帰宅の準備を始めてください。繰り返しお知らせいたします。まもなく……』


 ふと、湘馬が腕時計に目を落とせば、時刻はもうすぐ18時になろうとしていた。


(ヤバい! 帰らなきゃっ……!) 


 その後、湘馬は読み物に夢中となっている結愛に声をかけるが、彼女は集中しているためか、心ここにあらずといった返事をするばかりで一向に立ち上がろうとはしなかった。


 仕方がないので湘馬は一人でこっそりと図書館を抜け出すと、そのまま駆け足でタワーマンションまで戻った。

 

 そして、昨日と同じ要領でエントランスを潜り抜け、エレベーターで元の場所まで戻る。

 部屋のドアを開けると眩い光が湘馬の体を包んで――。






 ◆◇◆◇◆






「また、随分とぎりぎりだなあ~」


 そう良子にボヤかれながらも湘馬はなんとか門限内に帰宅することができた。

 

 ただ、昨日と違ったのはこの世界に対する心持ちであった。

 一つ一つ、この世界の謎を暴きたいと思うようになったのだ。


 湘馬は夕食の席で気になっていることを訊くつもりでいた。

 

 まず一つ目は、自分とまったく同じ人間が昨日学園で過ごしていた件についてであった。

 だが、これには意外なほどあっさりとした回答が返ってくる。


「それは良くあることさ。今日行動していたことが次の日に反映されていないんだ。どうしてだかはアタシたちにも分からない。けれど、それは往々にしてよくある。今日、自分が取った行動とまったく別の行動を取った自分が翌日に反映されるんだ。ルールブックには外の世界へ足を踏み入れた際に生じる時空の歪みが原因じゃないかって書かれているけど、本当のところは分からない。まあ、記憶を取り戻す上で特別気にすることではないから」


 そう何でもなさそうに良子は語る。

 

「なるほど……そういうことでしたか」


 湘馬としても、それはそれほど気にしていたことではなかった。


 端から滅茶苦茶な世界なのだ。

 そんなことがあったとしても特別不思議なことではない。


 湘馬の本題は次にあった。

 どうしてもこれだけは無視できなかった。

 

 なぜなら、それはこの世界に関する謎と直接関係してきそうなことであったからだ。


 これほど、緻密なまでに構成された世界がある以上、それを管理する者の存在があって然るべきだと湘馬は考えていた。

 そして、それは神以外にあり得ないと湘馬は考えた。


 一番問いたかったその質問を投げかける。


 湘馬の鋭い問いに三人は押し黙ってしまった。






 しばらくして、三人を代表して良子が声を上げる。


「確かに、こんな世界が造られている以上、神様が存在しても不思議ではないかもね」


 良子が神妙に頷くのを確認すると、湘馬は自身の中で立てた仮説を思い切って三人へ話すことにした。


「たとえば、神様が外の世界に人の姿をして実際に混じって、ボクたちのことを監視しているなんて……そんな風に思ったことはないですか?」


 「すごい発想だ。考えたこともなかったな」と青司。

 姫華も無反応ながら青司と同意見のようであった。


 湘馬はもう少し入り込んで質問してみることにする。


「……ボク、実際にそれを見た気がするんです」


「どういうことだい?」


 良子が訊いてくる。


「昨日、外の世界で見かけたんです。銀色髪の男を。彼を見た瞬間、自分でもよく分からないですけど、初めてデジャヴのようなものを感じました。以前にあの人とどこかで会ったような気がしたんです。皆さんは見たことありませんか?」 


 そう湘馬が口にすると、良子がふと声を漏らす。


「……もしかして、湘馬が言っているのはあれのことかい?」


「えっ」

 

 良子が指をさしたのは、暖炉上のマントルピースに置かれている木彫りの人形であった。

 

 それを見て湘馬は驚く。

 なぜなら、その人形はあの銀髪の青年にそっくりだったからだ。

 

 丁寧にも野暮ったい髪の長さまでよく再現されていた。


「前のホスト役だったシゲさんから聞いたことがあるよ。シゲさんもその銀髪の男と会ったことがあるって言っていたんだ。残念ながら、アタシはまだ見たことがない。けど、シゲさんも湘馬と同じようなことを言っていた。その男とは以前にどこかで一度会ったことがある気がするって」


「…………」


「その人形はゲストの誰かが掘った物らしいんだよ。多分、それを掘った人も、その銀髪の男と会ったことがあるんだろうな。このエンゼルロッジではその人形のことを代々〝天使〟って呼んできたようなんだ」


「天使っ!?」 


 その瞬間、湘馬の脳裏に先ほど図書館で見つけた書物のイラストがフラッシュバックする。

 これは一体どういうことなのか。

 

「どうした? そんなに驚いて」


「い、いえ……実は……。さっき外の世界で本を読んでいる時にたまたま見つけたんです。銀色髪の男によく似たイラストを。そこには小さく〝天使〟って名前が記されていました」


「なに?」 


 その話を聞いた瞬間、良子は腕を組んで唸った。

 かつてこのコテージのホスト役であったシゲという者の言葉が頭の中で甦っているのかもしれない。


 どちらにせよ、湘馬のその発言は、こちらの世界と外の世界は銀髪の青年を介して繋がっているという裏付けとなった。

 

 良子は一度首を振ると、気を取り直すようにしてこう続ける。


「もちろん、その彼が本物の天使かどうかは分からないよ。あくまでも、そう呼ばれてきたっていうだけの話に過ぎない」


 確かに良子が言うように、あの男にもう一度会って本人の口から訊くでもしない限り、それを確かめる手立ては今のところない。


 しかし、あの銀髪の青年が人知を超越した存在であることだけは間違いなさそうだ。






 自分は一体何者なのか。


 どうしてこんな場所に閉じ込められているのか。

 本当にここは死後の世界なのか。


 湘馬には分からないことだらけだ。

 

 けれど、あの男には何かしらの覚えがあった。

 いわば、唯一と言っていい望みだ。

 

 彼ともう一度会って話を訊くことができれば何か進展するかもしれない。

 そう考えた湘馬は、次の日から銀髪の青年を外の世界で探すことにする。

 

 だが。

 

 あの日と同じ時刻に何度か海の見える公園を訪ねてみても、男の姿を見つけることはできなかった。


 そうこうしているうちに日にちだけが過ぎ去っていき、ある日、再び予想もしていなかった出来ごとが起こることになる。

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