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08.図書館

 翌日も同じように1階で朝食を取った後、湘馬は玄関から外の世界へと出かけた。

 

 昨日とは打って変わって、気持ちは落ち着いていた。

 仕組みが分かってしまえばどうってことないのだ。


(外の世界は……多分、ボクが生前に過ごしていた場所なんだ) 


 まったく記憶に無かったがおそらくそういうことなのだろう、と湘馬は納得した。

 

 昨日と同じようにエンゼルロッジの玄関から光に包まれて外に足を踏み出すと湘馬はタワーマンションの外廊下へと出ていた。

 

 後ろには昨日と同じドアがある。

 なぜか安心感を抱けるから不思議であった。


 湘馬は真っ先にタワーマンションの1階までエレベーターで降りた。


(昨日のこと、あの子に謝らないと……) 


 昨日はあの少女の言葉を無視して学園を飛び出して行ってしまった。

 そのことを湘馬は後悔していた。


 タワーマンションの入口に行くと、昨日の朝と同じように少女の姿があった。

 湘馬は彼女の姿が見えるとすぐに頭を下げた。


「ご、ごめんっ! 昨日は授業も受けないで学園を飛び出しちゃって……」


 きっと、心配していたに違いないと湘馬はなぜかそう思った。

 だが、少女の反応は予想外のものであった。


「昨日? 何か変わったことあったっけ? 湘君、ずっと授業受けてたよね?」


「えっ……」 


 どうやら彼女の話では、湘馬は一日中真面目に授業を受けていたらしい。

 この世界の仕組みが分かったと思った矢先にこれだ、と湘馬は再び混乱し始めた。







 学園へ着いて、昨日の担任にもそのことをさり気なく確認すると、少女と同じ言葉が返ってくる。

 

 やはり、湘馬は昨日、一日真面目に授業を受けていたということらしかった。


(一体、どういうことなの……) 


 自分の他に桜井湘馬という人物が存在するのだろうか。

 そんなことを考えながらこの日湘馬は一日学園で過ごすこととなった。






 ◆◇◆◇◆






 授業の内容は不思議なことにすらすらと理解することができた。

 おそらく、そうした体で覚えた感覚というのは忘れていないのだろう。


 だが、同じクラスにいる生徒の顔や教師にはやはり見覚えはなかった。

 常に声をかけてくれる少女の存在にしてもそうだ。


 湘馬は彼女のことがまったく分からなかった。


 聞くところによると、彼女の名前は若月(わかつき)結愛(ゆあ)というらしく、湘馬とは小学生の頃からの幼なじみということであった。


 そんな結愛について行く形で湘馬は何とか一日の学園生活を無事に終えることができた。


 放課後、「湘君。今日も寄って行くでしょ?」と口にする彼女に言われてついて来た先は、グラウンドを横切った先の離れにある学園の図書館であった。


 その道中、湘馬は彼女からグラウンドの奥に見える大きな建造物が『京浜(けいひん)2024オリンピック』の会場として使用されるという話をさり気なく耳にする。


「夏になればこの辺も騒がしくなるね♪」 


 どこか楽しそうに話す結愛と並んで歩きながら、湘馬は内心びっくりしていた。

 

 もちろん、オリンピックがどういうものかは分かる。

 けれど、それがこの近くで、しかも近日中に開催されるとは考えもしないことであった。


 不安定な記憶に苛立たしさを感じながら、湘馬は結愛の後を追いかけて図書館の中へと入る。


 どうやら彼女はミステリー研究会という同好会に所属しているらしく、おりを見てはこうして図書館へと足を運んでいるようであった。


 彼女は部長のようで、湘馬もその同好会に入っていた。

 ただし、人数は顧問も含めて三人しかいない。


 ほとんど遊びの延長のようなものであるらしかった。

 だが、彼女の眼差しはこれまで見たこともないくらい真剣なものとなっていた。


 結愛は戸棚から分厚い書物を取り出すと、「ゴールデンウィーク中はろくに見ることもできなかったからね」と言って、その厚い本をめくり始める。


 どうやら世界中で起こっている未解決事件の詳細がそこには書かれているらしい。


 よくそんなマニアックな本を取り扱っているなと思う湘馬であったが、どうやら結愛は図書委員会にも所属しているらしく、裏でそのような書物を所蔵できないかと学園に掛け合っているとのことであった。


 夢中になって本を読み漁る結愛とは対照的に、湘馬はそれらのものには興味が湧かなかった。


 ただ、エンゼルロッジで生活を送っているせいか。

 死生観についての書物は気になった。


 ふと、適当な書物を手に取ってみる。


(これじゃ、ミステリー研究会っていうよりも、読書クラブって言った方が正しいね)


 そんなことを考えながら、湘馬は手に取った書物を読み始める。






 ◆◇◆◇◆






 それからどれくらい集中してそうしていただろうか。

 何冊かの書物を棚に戻しては読んでを繰り返していると、湘馬の目にあるイラストが飛び込んでくる。


(――!?)


 その瞬間、湘馬はハッと息を呑んだ。


 『創造の世界』というタイトルの書物の見開きに、昨日あの海が見える公園で見かけた銀髪の青年と似た者の姿が描かれていたのだ。


 そこには一文字だけ。

 小さく〝天使〟と記されていた。

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