07.この世界のルール
それから、ひとまず夕食にしようという良子の提案により湘馬たち四人はダイニングへと移り、白いテーブルを囲んで食事を取ることとなった。
「外の世界から帰ってきたら、皆でこうして夕食を囲んで、その日あった出来ごとをお互いに語り合うんだ」
そう口にする良子の表情はどこか楽しそうであった。
夕食もひと通り済むと、食後のコーヒーを飲みながら良子が口を開く。
ここがどのような世界であるか。
手始めに彼女はこのコテージについての説明を始めた。
「まだ来たばかりで知らないことも多いと思うからひと通り説明するよ。1階にはこのダイニングのほかにも、洗面室、浴室、トイレ、物置などがあるんだ。あと、そっちのリビングにはテレビが置いてあるけど、山の中にあるせいかまったく映らない。スマホにしても同じさ。鞄かどこかに自分のスマホが入ってなかったかい?」
「はい。確かに入っていました」
「外の世界では使用できるんだけどね。どういうわけか、こっちではまるでダメなんだ。ネットにも繋がらないし、電波が無いせいか、電話することもできないんだよ」
「…………」
ここは死後の世界という話なのに、ネットだの電話だのといった非常に現実的な単語を耳にして、湘馬はちぐはぐな印象を抱かざるを得なかった。
そのくせ、普通では考えられないことも起こり、湘馬の頭はさらに混乱してしまう。
「そういえば、食事がどうなっているかについて話していなかったな。こんな山奥にある以上、近くにスーパーやコンビニがあるわけじゃない。でも、アタシたちは日々何不自由することなく食事ができている。どうしてだと思う?」
「なんでですか?」
「毎日冷蔵庫を覗くとね。そのたびに食材が補充されているのさ。調味料にしても、備品にしても、衛生用具にしても、それこそ私服やメイク道具などの個人的なものに関しても、生活に必要なものはすべて勝手に補充されるんだ」
「そんな……」
にわかに信じられない話だった。
「自室へ戻ると、ベッドは何ごともなかったかのように整頓されているし、浴室もトイレも綺麗に掃除される。まるで、腕利きのハウスキーパーがどこかに隠れていてアタシたちのことをからかっているようにね。もちろん、そんなことはあり得ない。ここにはアタシたち四人しかいないのさ」
「どういうからくりなんですか?」
「さぁね。この点に関しても分からない。ただ、そういう世界だって、納得することしかできないんだよ。実際、アタシたちが把握している物ごとなんてほんの一握りに限られている。毎日、外の世界へ〝仕事〟に行って記憶を取り戻す。記憶が戻れば天国へと行ける。これくらいだな。……あっそうか。まだ湘馬にはこの世界のルールについて話していなかったな」
「ルール?」
「今朝、門限を守らないと大変なことになるって言っただろ? あれはこの世界のルール違反に該当するからそう言ったんだよ」
そこで湘馬は良子からこの世界で絶対に犯してはいけないルールについて教わった。
「――以上がこの世界の決まりってやつなんだ。リビングの暖炉の上に紙の束が置いてあるのが見えるだろ? アタシが話した内容はすべてあの中に書かれているよ」
良子は暖炉のマントルピース上に置かれている分厚い紙の束を指さしてそう口にする。
「あれは?」
「ルールブックと呼ばれている。このエンゼルロッジに滞在した者たちが書き残していった、いわば備忘録のようなものさ。それとは別にエンディングダイアリーというものもある。ほら。横にノートが積まれているだろ?」
確かに良子が口にする通り、分厚い紙の束の横には数冊に渡るノートが積まれていた。
「記憶を取り戻した者は、自らの想いをそこに書き残していくことができるんだ。ただし、記憶を取り戻していない者がそれを覗いてはいけない。それに触れることはルール違反とされているんだよ」
「もしルールを破ったらどうなるんですか?」
「地獄へ行くと言われているよ。とにかく、アタシたちのすべきことは、毎朝、外の世界に〝仕事〟へ行って、18時までには帰り、皆で夕食を囲んで次の日に備える。そうしているうちに自然と記憶は戻ってくるのさ」
良子からこの世界の仕組みについて聞いたせいだろうか。
徐々に湘馬の中からは漠然とした不安は消えていた。
(そうだよ。怖がることはないんだ)
このコテージにいる三人も自分と同じ境遇なのだということが分かると、湘馬の心は自然と軽くなっていた。
「地道に記憶を戻していけばいい」という良子の言葉を耳にしながら湘馬の長かった一日は終わるのであった。