03.謎の少女
入口から外に出て元いた場所を見上げてみる。
案の定、それはタワーマンションであった。
しかもかなり高い。
そして、周りの景色を見て、少年はさらに愕然とする。
そこは先ほどまで自分がいた場所とは180度異なっていたからだ。
海の近くにはタワーマンションの他にもビルやら複合施設が並んでいるのが分かった。
その近代的な景色に思わず少年は息を吐いた。
「なんだよ……これ……」
恐怖すら感じ始めた少年は、近くに交番がないか探すために歩き出そうとする。
だが、すぐに何者かに呼び止められてしまう。
「湘君~おっそいっ!」
「う、うわっ……!」
少年の手は、ブラウンのセミロングヘアを真ん中できっちりとセンター分けにした見知らぬ少女によって、がっちりと掴まれてしまっていた。
それが初対面の者に対する行為ではないということに気づき、少年はどぎまぎして反応を遅らせてしまう。
一体誰なのか。
相手の顔をパッと盗み見る。
多分、年齢は自分とほとんど変わらないはずだ、と少年はとっさに思った。
「なに一人で行こうとしてんの? 遅れてきたくせに~」
「お、遅れてきた……?」
彼女は少年と似たような半袖の制服を身に着けている。
くりっとした大きな瞳と長いまつ毛からは活発な性格であることがすぐに想像できる。
きっと長い間こんな関係を繰り広げてきたのだろう。
そうした成熟しきった間が自分と相手にあることに、少年は薄々気づきつつあった。
おそらく本人は気づいていないのだろうが、少女が何か言葉を発するたびにその大きな胸が激しく揺れ動いた。
薄いワイシャツがさらにそれを強調させている。
けれど、そんなことを気にかけている余裕がないほど少年は切迫していた。
「誰なんですかあなたっ、離してください!」
「えぇっ!? それがせっかく待っていた幼なじみに言う台詞っ? 湘君ひどいっー!」
「ひどいも何も……ボクは……」
「あっ! ひょっとして、今日から衣替えだから気づかなかったっていうそういうネタ? でもこの夏服去年も見てたはずじゃ~ん。それに冬服との違いって、ブレザー着てるかどうかくらいじゃない?」
彼女はそう言いながら、胸元に付いた可愛らしいピンク色のリボンを大袈裟に少年の方へ引っ張ってみせる。
「湘君っ、そういう冗談は昨日までで終わりにしなきゃダメだよぉ~。いつまでもゴールデンウィークの余韻になんか浸ってられないんだから。集合時間も昨日LINEに送ってたよね?」
「昨日?」
「もうっ! そうやってトボけるのはいいからっ! ほら行くよー」
「ま、待って引っ張らないでっ……!」
少年は、同じ制服を着た謎の少女に強引に手を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。
◆◇◆◇◆
仕方がないのでそのまま黙ってついて行くと、モノレール沿いに白とクリーム色を基調とした正方形をそのままその場に置いたような近代的な建造物が見えてきた。
そして、その外観を目に収めて少年は納得する。
同じ制服を着た生徒たちの中に混じってここまでやって来た過程で薄々気づいてはいたが、どうやら少年が連れてこられた先は学校のようであった。
(汐洲臨海学園……?)
校門のプレートにはそう記されている。
5階はあるだろうか。
間近まで近づくと思いのほかそれが巨大であることに気づく。
少女と一緒に校門を潜り抜け、改めてその建造物を見上げてみるも、その外観にやはり見覚えはなかった。
それから少年が彼女に連れられてやって来たのは二年A組という教室であった。
「ふう~。なんとか間に合ったぁー。ほら、湘君。早く座らないと先生来ちゃうよ」
そう言って席に着く少女に促される形で少年は彼女の近くの席に腰をかける。
「ッくはー! 今日も仲良く登校とは羨ましいぜぇ、湘馬よぉっ。その調子だとゴールデンウィークも若月とイチャついてたなっ!」
「高宮君、変なこと言わないでよっ」
「ねぇねぇ、桜井君っ。その辺、ホントのところどーなの? アンタの彼女はこう言ってるけど。何か進展あったんじゃないの?」
「だから祥子もしつこいって。湘君とはそういうんじゃないの。小学校の頃からの幼なじみってだけだよ。ゴールデンウィークだって一度も会ってなんだから」
「それだけ仲が良くて怪しいぜ」
「高宮の言う通りね。一年の頃から何をするにもずっと一緒じゃん。もう付き合っているって宣言しちゃいなよっ! そういうのは男からきちんとするべき。ねっ桜井君!」
「…………」
「お、おい……。湘馬っ。そりゃねぇーぜ。祥子ちゃんのことは無視かよ」
「……何? ボクのこと言ってるの?」
先ほどから周りが騒がしいと感じていた少年であったが、まさか自分の話で盛り上がっているとは微塵も考えていなかった。
ついぶっきら棒な返し方をしてしまう。
声をかけてきた馴れ馴れしい男子生徒が首をすくめて、センター分けの少女の顔を覗く。
「なあ若月。湘馬と何かあった?」
「うん……それウチもずっと考えてるんだけど。まったく覚えがないんだよ。朝からずっとこんな調子でヘンなの。ウチのことも誰だって言ってたくらいだから」
「桜井君もたまにウケないことやるからねぇ。今さら、結愛と通うのが気恥ずかしくなってトボけてるんじゃない?」
「そんなぁ……。今までずっと一緒に登校してきたのに、ひどいひどい湘君っ!」
結局、気の強そうなショートカットの女子生徒がまとめる形で話はうやむやのまま終わったようであった。
だがそんなことに気を取られている余裕は今の少年には無かった。
少年が一番驚いているのは、自分がこの場にいても、会話に参加しても、誰も不思議に思わないということであった。
さも当然のようにこの景色に馴染んでいるのだ。
一体、何がどうなっているのか。
流されるままにここまでやって来た少年ではあったが、内心不安で胸がはち切れそうであった。