10.五人目
いつものように夕食を食べ終えると、良子がテーブルの席に着いている三人に声をかけた。
その瞬間、青司も姫華も複雑な表情を浮かべた。
湘馬だけが彼女が何を言おうとしているのかが分かっていなかった。
「みんな。話があるんだ。実は……今日、記憶を取り戻した」
その声に真っ先に反応したのは青司であった。
「そうでしたか。おめでとうございます」
続けて姫華も前髪を弄りながらぼそっと口にする。
「……おめでとう」
「ありがとう。みんな、これまで色々と世話になったね」
そう言って、良子は束となったエンディングダイアリーの一番上に置かれた一冊に手を伸ばす。
そこに暫しの時間をかけて何かを書き込むと、良子は笑顔を見せて湘馬に向き直った。
「湘馬。この世界に怖がることはない。いずれ記憶も戻るはずだ。その時は、笑顔でこのエンゼルロッジから出ていきな」
良子は湘馬の背中を叩く。
「急にどうしたんですか?」
「はははっ。直に分かる時が来るさ」
彼女が何を言っているのか、湘馬だけが分かっていなかった。
湘馬は自室へとゆっくり引き上げていく良子の背中をただ不思議そうに眺める。
◆◇◆◇◆
次の日、ダイニングにはいつも誰よりも早く起きていた良子の姿はなかった。
珍しいこともあるのだなと思い、湘馬は気になって青司と姫華にそのことを訊ねる。
「良子さん、どうしたんでしょうか? 今日は随分と遅いですね」
「…………」
その言葉に二人は黙ったままであった。
そして、しばらくしてから吹き抜けとなったらせん階段に何者かの影が。
姿を見せたのは――。
「!?」
体格の良いあの良子ではない。
すらっとした長身の少女。
湘馬が初めて目にする相手がそこに立っていた。
彼女は艶のあるショートヘアの黒髪を心許なげに弄りながら、ゆっくりとした足取りで階段を降りてくる。
スレンダーで成熟した体型とは裏腹に、その表情にはまだあどけなさが残る。
けれど、とんでもない美少女だ。
階段を下るさまがあまりにも絵になりすぎていて、まるで映画のワンシーンを覗き込んでいるかのように、湘馬はハッと息を呑んでしまう。
美しすぎると思ってしまったのだ。
ドキドキと少しだけ胸の高鳴りを覚えながら、湘馬はとっさに思った。
おそらく自分とそれほど年齢は変わらないだろう、と。
初めて見る少女。
そのはずなのに……。
(――いッ)
湘馬は1階へと降りてきた少女の姿を視界にはっきりと収めた瞬間、激しいデジャヴを抱いた。
あの銀髪の青年を見かけた時以来の既視感だ。
それは記憶の無い湘馬にとってあり得ない出来ごとのはずであった。
なぜ、心の奥がどこか温まるような懐かしさまで込み上げてくるのか。
そして、胸を締めつけるこの刹那さは一体何なのか。
どうしてかは分からない。
けれど、少女に何か謝らなければならないことがあったような、そんなもどかしい感情を湘馬は抱く。
(ど、どういうこと……? ボクはこの子を知ってる?)
きょろきょろと不安そうに辺りを見渡す少女の顔を改めて覗くも、その顔に見覚えはない。
ふと、その時。
湘馬は彼女と目が合うのが分かった。
突如、少女が驚いたように声を上げる。
「あ、あなた……」
「え」
彼女は瞳孔を大きく見開き、唇を微かに震わせながらこう口にする。
「――病院で……」
「病院?」
「――っ!」
突然細身の体をビクッと痙攣させると、少女はこめかみを押えたままその場にしゃがみ込んでしまう。
「だ、大丈夫っ……?」
湘馬がそう声をかけるも彼女はうずくまったまま反応しない。
その様子を見て、青司が間に割って入ってくる。
「湘馬君。とりあえず、彼女をテーブルに座らせよう」
「あ、はいっ……」