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01.はじまりの朝

 少年はハッと見知らぬ部屋の一室で目を覚ました。


 どこかのコテージだろうか。

 この部屋に少年はまったくの覚えがなかった。


 それより何よりも。


 少年は自身の記憶を完全に失ってしまっていた。


 窓の外には、青々と生い茂った森が広がっている。

 遠くに山も見える。


 青空のもと望むその光景は、高原のリゾートといった赴きがあった。

 

 どうやら2階の一室にいるようだが、なぜ自分がこんなところにいるのか、少年はまったくと言っていいほど覚えがない。


 窓ガラスに反射した自分の姿が映る。


「これが、ボク……?」


 そこに映っていたのは高校生くらいの男子の顔であった。

 そのナチュラルなマッシュショートの黒髪にもやはり見覚えはない。


 部屋の中には自身を特定できそうな物はハンガーに掛けられた見知らぬ制服と鞄以外に何もない。

 ただ生活感のない部屋があるだけだ。

 

 このままここにいても何か解決するわけではない。

 そうと思った少年はひとまず部屋から出てみることにする。






 部屋のドアを開けて外に出ると、ドアにはネームプレートが掛けられていた。


桜井(さくらい)湘馬(しょうま)……?」 


 見覚えのない名前だった。


 見ると、同じような部屋があと3つ並んでいるのが分かる。

 そこには同じようにネームプレートが掛けられているようであった。


 一つ一つ部屋を見て回ろうかと思う少年であったが、吹き抜けとなった1階の方から何やら人の話し声がするのが分かった。


 急に不安となった少年は駆け足でらせん階段を下りる。

 

 ダイニングには、見覚えのない男女三人が白い縦長のテーブルを囲むようにして座っていた。

 

 そのうちに一人であるライムグリーンのストライプシャツと水色のパンツといった格好の体格の良い女がマグカップを片手に持って立ち上がる。


 そして、少年の姿を見ながらこう口にするのだった。


「起きたか。ようこそエンゼルロッジへ」


「っ」


 その芝居がかった台詞を耳にして、少年は面を喰らってしまう。

 訊きたいことは山ほどあるのに、思うように口から声が出てこないのだ。


 そんな少年の態度を初めから見越していたかのように、女は白い歯を覗かせながらこう返してくる。


「驚いただろ? ここがどこか、自分が一体誰なのか。分からないんだろ?」 


 まるで相手の心を見透かしたような言葉だ。

 その切れ端には自信のようなものも垣間見える。


 彼女は肌をよく日焼けさせており、そのポニーテールの黒髪とぴったりで、とても健康的な見た目をしていた。


 豊満なバストと広い肩幅はしっかりとした大人の女性の印象を少年に与えた。


 年齢は30代前半くらいだろうか。


 自分よりも明らかに年上の相手を目の前にして、少年は上手く言葉を返すことができない。

 ふと、逃げるように視線が泳いでしまう。


 ガラス張りとなったダイニングの外を覗けば、先ほど2階の部屋から見た雄大な光景が一面に広がっているのがはっきりと分かった。


 そんな少年の仕草を見て、どうしようもなく不安に駆られ、緊張しているものと女は考えたのだろう。


 気を紛らわせるように豪快に笑うと、少年に対して優しく手招いてくる。


「ほら。そんなところで突っ立ってないでこっちに座ったらどうだ? 君のコーヒーも用意してある。これを飲めば少しは落ち着くだろ」


 そう言ってマグカップを大げさに掲げてみせる。

 一体何が何やら分からないまま、少年は彼女に言われるがままテーブルへと着いた。






 テーブルには彼女のほかに、スーツを着た20代後半くらいの男とワックスで固めた茶髪を神経質そうに弄っている派手な化粧をした黒いパーカーを羽織った若い女が座っていた。


 自分の年齢が一体いくつなのか少年には分からなかったが、全員自分よりも年上であることだけは間違いなさそうであった。


 体格の良い女がマグカップを差し出しながら口にしてくる。


「みんな初めはそんな調子なんだ。気にすることじゃない」


「え?」


「ははは。アタシたちも記憶が無いんだよ」


 女はさも当然のことのように笑いながらそう口にする。


「いわば、同じ境遇を共にした仲間ってことさ」


「仲間……」


 そんな彼女の言葉に少しだけ安心感を抱くことができたためだろうか。

 少年はようやく自身の考えている言葉をはっきりと口にすることができた。


「ここって一体どこなんですか? どうして、ボクは……こんなところにいるんでしょうか?」


「気になるかい?」


「そ、そりゃそうですよっ! いきなりこんなわけの分からない場所で目を覚ましてっ……」


 つい少年は語気を荒げてしまう。


 体格の良い女は神妙に押し黙ると、自分のマグカップに一口だけ口をつけてからこう続けた。


「ここはね。死後の世界なんだ」


「……ハ?」


「正確にはちょっと違うか。誰もそれを確かめたことがないからね。でも、この場所に滞在してきた者たちの間では、そのように語り継がれてきたんだ。アタシたちも正直なところよく分かっていないんだ」


「どういうことですか?」

 

 その後、詳しく女の話を訊くと、彼女は以前にこのコテージで生活を送っていた者たちからそう聞かされたに過ぎないということが分かった。


 女はゆっくりと続ける。


「以前の記憶を取り戻した者はこのコテージを去り、そのまま天国へ行けると言われている。人によって差はあるが、記憶を取り戻すまでは大体一ヶ月ほどだね。アタシたちは天国へ行くために、この世界で自らの記憶を取り戻す必要があるんだ」

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