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6.初恋は実らないもの

 

「将来を誓った? 騎士見習いのエルナンと? 王子殿下が恋のお相手じゃないの?」


 寝耳に水な情報を聞いたローズは思わず問い質してしまった。

 ローズの混乱を気にも留めず、ファティマはけろりとした顔で答えてくれる。


「あぁ。私、はっきりした筋肉が好きなのよ。王子さまみたいな細っこいのはちょっとね。それに……あの人笑わないからさ。怖くて取っ付きにくくて、簡単には近寄れなかったんだよね。

あと、婚約者のいる相手にちょっかい出すのはNGって最初に教えられたし。

 やっぱり、最初に会った村人……じゃない、人のアドバイスを受けるのは鉄則でしょ? 王子は婚約者いたっぽいしね」


 なるほど。

 ファティマがちゃんとした倫理観を持っていたことにホッとした。ここで逆ハーを狙ってました、なんて告白をされたら軽蔑していただろう。

 だが。

 王子に婚約者がいたと聞いて、ローズの心の片隅が悲鳴を上げた。解っていたことだというのに。



 ◇



 ローズが転生者だと自覚したのは、もっと幼いころ。

 婚約者だというラファエル王子殿下に紹介され面会したとき。たしか……まだ実母が生きていた5歳のときだったと思う。自分が少女漫画の中のキャラクターに、それもざまぁされる悪役令嬢に転生していたと気が付いた。


 きらきらした金髪と緑の瞳が印象的だった王子殿下は可愛らしかった。

 こんな可愛い殿下に将来は捨てられるのかと哀しくなり、そのまま王子に告げた。あなたは将来、わたしを酷く捨てるのだ。学園の卒業式で、お気に入りの男爵令嬢に入れあげてローズを捨てるのだ、と。


 王子はぽろぽろと真珠のような涙を溢しながら『ぼくはろーずとけっこんする」と言ってくれた。


 嬉しかった。


 その後、何度か会ってその話をしても王子殿下はローズのことばを疑わなかった。全部信じてくれて、ぼくはローズとけっこんするのだとそのたびに誓ってくれた。


 嬉しくて泣いた。

 たぶん、ローズの初恋だった。


 そんな幸せな日々は実母が死ぬまでだった。

 父であるガーネット公爵が再婚し、義母と連れ子がいつの間にか公爵家の中心となった。ローズは別館に追いやられ、外出どころか満足に父に会うこともままならなくなった。


 そして。


 今のローズはシスター姿だ。

 学園にも通わなかった。

 通えなかった。

 自分の実家の公爵家が没落するストーリーを思い出し、それを回避しようとして失敗したせいで。


 紆余曲折はあったが『キミイチ』どおり、公爵家は没落するだろう。

 犯罪に手を染め、汚名に塗れた『ガーネット公爵家』の血縁者である以上、どうあがいても王子殿下と結ばれる未来などあり得ない。


 だから。


 初恋は実らないものだ。ローズは自分に言い聞かせた。



 ◇



「お話は聞いていましたよ。ファティマ、酷い目にあいましたね」


 いつの間にか、目の前にシスター・ジェンマ(少々ふくよかな老女である)が座っていてびっくりした。


「イジメの理由は解っているのかしら?」


 ファティマの右隣にはシスター・ソニア(痩せぎすで背の高い老女である)が座って声を掛ける。


「気に入らないから。いじめにはっきりした理由なんてありませんよ」


 平然とした顔で答えるファティマ。ローズはどこから聞かれていたのだろうと、気が気ではない。


「おおもとの首謀者は分かってるの?」


「ガーネット公爵令嬢のリリーでした」


「え」


 なんと。義妹の名が出てきてびっくりがさらに増した。


「あの子、根性悪かったなぁ~。なんでも自分が一番じゃないと気が済まないお山の大将で、自分の思いどおりにならないことなんてないと信じて疑っていなかったわ。しかも下位貴族なんて人間じゃないっていうスタンスには辟易したわ。

 どうやら彼女、私に婚約者の王子を盗られるって思ったらしくて、意地悪を始めたのよ。盗るもなにも、王子は私の淑女らしからぬ行動を気にかけてただけで、恋愛感情なんていっさい無かったのにね」


「あぁ、そう。……なんか、うん、ごめんね」


 まさか『リリー』が悪役令嬢をやっていたのか。『ローズ』という悪役令嬢がいなくなったからか。それとも、元々性格が悪かったからか。

 そして『王子の婚約者』の地位もリリーが担っていたのか。


 分かってはいたが、いつの間にか『ローズ』は婚約者でなくなっていたらしい。恐らくは、ローズが公爵家を離れてすぐにリリーに替わったのだろう。『ローズ』でも『リリー』でも、肩書は同じガーネット公爵令嬢に違いない。



「あ! すべての公爵令嬢がそんなんだなんて思ってないから! 実際ローズは謙虚で優しいし!」


 慌てた様子でフォロー(?)するファティマが可愛らしい。


「そう?」


 ローズは思った。自分が自然に笑えているのはファティマのお陰だと。少なからず血圧が上がるのもファティマのせいだが。


「そうよ! 学園で会った『公爵令嬢』がローズみたいな人だったら良かったなぁ。きっと優しく間違いを教えてくれたと思う」


 実際は優しく教えてくれるどころか、いきなりの暴力だから堪らない。

 ハンサムさんたちが通りかからなかったら、もっと悲惨な目に遭っていただろうと、ファティマは語る。

 ローズは内心、いろんな意味で心臓がパンクするのではないかと思っている。


「それでね、ある日、階段から突き落とされて……」


「「「え」」」


「ビックリよね? たまたま王子さまがその場の目撃者でね。悪質すぎるってすぐに犯人が捕まったわ」


「え? 怪我は? 大丈夫だったの?」


 階段落ちは、『キミイチ』の中ではクライマックスのエピソードだ。王子に自身の婚約破棄を決意させ、ヒロインとの仲を深める絶好の。

 リリーはそんなところまで忠実に悪役令嬢をしていたのかと眩暈がする。

 だが、実際聞いてしまうとファティマの身が心配になった。


「だいじょうぶよ、そんな心配そうな顔しないで! 王子がタイミングよく通りかかったからね、王子と一緒に居たエルナンが身を挺して守ってくれたの! 階段から落ちた私をがっちりと摑まえてくれたわ」


 頬を染め、うっとりと幸せそうに両手を組むファティマ。まるでその時を思い出しているかのようだ。


「カッコよかったわぁ……やっぱり男は筋肉よね……」


「まぁ、なんてことでしょう! 素晴らしいわね、ファティマ」


「怪我がなくてなによりよ。神に感謝」


 シスター・ジェンマとシスター・ソニアは、子どもを生み育て夫に先立たれてからこの修道院に入った、人生の大先輩だ。もしかしたら、彼女たちの若かりし頃にはそれなりのロマンスがあったのかもしれない。


 きゃっきゃとシスターたちに感想を伝えているファティマを横目に、ローズは冷静に分析をしていた。


 強制力は無いようで、やはりあるのだ。

 大まかな流れは『キミイチ』のストーリーどおりだ。

 彼女が実父に引き取られ、学園に通い、悪役令嬢に虐げられて、恋を成就させる。

 ヒロイン・ファティマの性格が若干違うのは、やはり『転生者』だからだろう。

 恋のお相手は本人の好みで修正されたけれど、ヒロイン・ファティマが幸せになるストーリーなのだ。


 ……ん?


 じゃあなぜ、ファティマは修道院(ここ)にいるのだろう。

 BAD END ではない、ということだろうか?


 そういえば……卒業式という断罪イベントがまだ残っているのか?




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