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5.「たぶん、私、前世持ちなの」

 

 今までのローズに起こった出来事を話しているうちに、すっかり日が傾いていた。

 収穫した野菜を籠にいれ、それを背負い修道院に戻るふたり。

 なにやら考え込んでいる風のファティマを横目に、ローズは今晩辺りファティマの身の上話を聞けないかしらと思っていた。


 ファティマは早々に寝入ってしまい、ローズは欲しい情報を得られなかった。長期戦は覚悟のうえだと思い直し、ローズも神に祈りを捧げてから就寝した。

 祈りのことばはいつも同じ。


『平穏無事に暮らせますように』


 そう、自分の未来にも。この世の誰のうえにも。



 ◇



 翌日。

『行儀見習い』としてこの修道院に滞在しているファティマには、他の修道女たちとは違った時間がある。『淑女教育』だ。ここでは姿勢の取り方、歩き方、お辞儀の仕方、扇の使い方など、所作を簡単に再確認する時間だ。


 今もファティマとローズ以外は誰もいない食堂で、ぶ厚い聖書を頭上に乗せ、ゆっくり優雅に歩いている。部屋の端まで歩いてターン。これを何度も繰り返すのは、ターンするたびに本がずり落ちてしまうから。


 そのファティマの指導をしているローズは、同じ厚さの聖書を3冊乗せても平気な顔で立ち上がったり座ったりを繰り返している。もしや、頭上にあるのは軽い羽飾りかなにかだろうかと疑いたくなるほど、軽やかで優雅な動きだ。


「ローズは、基本姿勢を、頭のてっぺんから、糸に引っ張られる、ような感覚、って言ってたけど、あなた、本当に、糸で釣っている、んじゃないの?」


 ファティマのことばが途切れ途切れになるのは、呼吸を乱すと頭上の本がずり落ちそうになるからだ。

 そんなファティマをローズはにっこり笑顔でいなした。


「ファティマったら、上手くなったわぁ。本が揺れなくなったもの。もう一冊乗せましょうか」


「やめて」


「ふふ。遠慮しないで」


「遠慮じゃないってばっ」


「根を詰めても逆効果ね。休憩にしましょう」


 ローズのことばを聞いたファティマは、気の抜けた顔で頭上の聖書をずらし落とすと、それを胸に抱きしめる。

 ローズは厨房に入り湯を沸かした。

 彼女に続いて厨房に入ったファティマがローズの頭の上にいつまでも鎮座する聖書を取り除く。よくもまぁこんなものをという顔をしたあと、ファティマは聖書を仕舞い茶器の用意をした。

 いつの間にか、彼女たちの息はぴったりになっている。




「私、ね。昔から不思議な記憶があったの」


 食堂の片隅で隣同士に座り、温かいお茶を淹れ。誰かが焼いたクッキーと1週間前に漬けたピクルスをお茶請けに一息ついたあと、ファティマが恐る恐るといった体で口を開いた。


「不思議な記憶?」


「たぶん、私、前世持ちなの」


(この子、なにを言い出すの?  わたしは避けた話題だったのに!)


 ローズは慌てて周りを見回す。大丈夫。いまこの時間、この食堂には彼女たちしかいない。『前世』なんて教義にないことばをホイホイ使うなと言いたい。敬虔なシスターに聞かれでもしたら、ファティマが悪魔付きだと言われてしまう。


「あなた、迂闊なこというものじゃないわ」


「ローズだから、よ。ローズにじゃないと、言わない」


 だから聞いてと真剣な瞳を向けるファティマに、ローズは不承不承、黙って耳を傾けることにした。



 ◇




 私は、小さな頃から不思議な記憶があった。大きな箱が幾つも連なって線路の上を走って人をたくさん運んだり、四輪の車輪を付けた人が乗れる乗り物がビュンビュン走っていたり、空を飛ぶ大きな鳥に人がたくさん乗れるって知っていたり。

 夜はもっと明るいはずだった。

 冬は、家の中は暖かいはずだった。

 コタツってあったのよ。

 なぜココにはないの? って不思議だった。

 私、日本人なのに、なぜ髪の色が金色なの?


 ある日、唐突に理解したの。

 これって前世の記憶で、わたしは異世界転生したんじゃないのって。


 そういう小説やアニメやゲームがあるってのは知っていたんだけどね。私そういうの、全然読んだこともプレイしたこともなかったの。だから、困っちゃった。

 私、どうすればいいの? って。

 でもね。私、こんなに可愛いじゃない?

 お父さんは居なかったけど、定食屋は結構繁盛して、お母さんも美人で。

 私が意見すると美味しいもの工夫して作ってくれたし……そうそう、無意識に前世の知識ちーと? していたのよ、私。前世は美味しいものが多かったからね。

 そんで……近所の人たちは親切だし。恵まれてたなぁって。


 ローズの話聞いたから余計にそう思うのよね。

 本当のお母さんは早死にしちゃったけど、私を育ててくれたお母さんは、本当のお母さんの妹でね。叔母さんなんだけど育ての親だから、お母さんって呼んでたの。

 そのお母さんが死んでしまってどうしようってなったとき、見計らったように私の父を名乗る人が来て引き取ってくれたし……。

 その人貴族だって言うじゃない? おうちに連れてかれて、お姫さまみたいな豪華なお部屋が用意されてて! びっくりしたわ!


 これはもう何かのゲームの中なんじゃないの? って思ったわ。だって、話がトントン拍子に進むんだもの! この世界は私のための物語で、その物語の強制力とやらが働いてるんだ! って思ったのよ。


 そうしたら、私は学園に行かされてさ。

 そこで結婚相手を見つけなさいとか言われてね。なるほど、そういうゲームなのね、って。

 話すとメンドクサイんだけどね、そういう恋愛シュミレーションゲームが、ん? シミュレーション? どっちでもいいか、あるのよ。やったことないけど。


 よく分からなかったけど、ハンサムさんに声かけてたの。

 そうしたら女子に総スカン喰らったわ。

 婚約者のいる男性に声かけちゃダメって怒られちゃった。

 騎士見習いのエルナンでしょ。商人のおうちの子のフィトでしよ。裏庭でアンニュイなハンサムさんのロレンソにも声掛けて……木登りしてたら王子さまに見つかって怒られたわ。女子が何をやっているんだ! って。



 ◇



「ちょっと待って。木登り? なにやってたのよ」


 話の内容に思わず口を出してしまったローズ。


「鳥のヒナが落ちちゃってたから戻したの」


 理由がさすがヒロインとしか言いようがない。とてもそれっぽい。

 だがそんなエピソード、あっただろうか。

 ローズは内心首を傾げながら、ファティマに話の続きを促した。


(それにしても、同じ日本人だったなんて!)


 ローズの心拍数は上昇する一方だ。高血圧症になったらそれはきっとファティマのせいに違いない。



 ◇



 んでね、それ以来王子さまがもう馬鹿なマネはするなよって会うたびに釘を刺すようになったのね。そうしたら酷いイジメが始まったの。


 教科書はバラバラ。私物は盗まれる。足をかけられ転ばされる。背中を押されて転ばされる。植木鉢は落ちてくる。突然大量の水が降ってくる。人気のない校舎裏に呼び出されて集団に説教されながら土下座強要……と、まぁ、ありとあらゆることをされてね。


 でもね。ちょうどよくエルナンが通り掛かって助けてくれたり。ロレンソが慰めてくれたり。王子が仲裁に入ってくれたりするのよ。

 これはもう、マジで物語の強制力だと思ったわよ。

 誰かと恋人になりたいなぁって思ってたけど、一番の好みは騎士見習いのエルナンだったわ!

 だから彼にアタックしたの。

 ちょうど彼、婚約者も恋人もいないって、仲良くなれたわ。

 将来も誓い合ったのよ。



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